断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
31特に問題ない装いにて



風間たちの屯所襲撃のせいで、西本願寺を出なければならなくなり、屯所移転の作業でしばらくはバタバタとしていた。
でも次の屯所である不動堂村の屯所を西本願寺が用意してくれて、今までのどの屯所よりも快適に過ごせそうだ。

この日は珍しく男装を解いて、目立たない女物の装いをしていた。もちろん任務のためなのだが、以前に大坂出張のために買った着物が役に立っている。

目的の茶屋に着くと、外の椅子に腰かけた。お茶と団子を頼み、ゆっくりと通りを眺める。
どれくらいそうしていただろうか、こんなにゆっくりしたのは久しぶりだなあ、と団子を食べたところで。

隣に誰かが腰かける。濃紺の質の良い着物をまとった男で、腰かけた際に、私が食べていた団子の皿の陰に何かを置いた。小さく折られた紙だ。
男の正体は、一君だった。

『お兄さん、お茶だけ? お団子もおいしいよ?』

声をかけると、一君は怪訝な顔をした。余計なことはするな、と言いたげだ。

「あいにく甘い物は苦手でな」

それだけ言い残して、茶を早々に茶を飲みほし、京の町の中へと消えていった。
一君は相変わらず、淡々と任務をこなすのだな、と思いながらその背中を見送った。





その帰り、まっすぐに屯所へ帰っていた途中で事件は起きる。

「おい、そこの女」

初めは、声をかけられたことに気づかなかった。なにせこちらはもう何年も男装生活である。「女」と呼び止められることなどそうそうない。というか全くない。

そのため、しばらく無視をしていたことになっており、しかも呼び止めたのは気位の高い浪士だったようで。気づいた時には、「無礼者っ!」と刀を抜かれていた。
しかし抜刀したくせに、なかなか斬りかかってこない。挙句、「命惜しくば、酌でもしてもらおうか」等と言っているから、私を斬るつもりはないのだろう。

どう対処しようか。いっそ斬りかかってくれたならば、躱して返り討ちにするのだけど。
『お酌はしません』
とりあえずそれだけ答えて、反応を待つ。なんだと、とありきたりな返答だ。

握っていた刀に力が込められたことがわかった。

「状況がわかっていないようだな。そんなに斬り捨てられたいか」
『……斬れるならお好きにどうぞ』

逆撫ですると、ようやく私を斬る気になったらしい。眉をヒクヒクさせながら、随分と前に鞘から抜いた刀を振り上げる。

「きゃー」

周囲から悲鳴があがる。斬りかかれているのは私なんだけどなあ、と考えながら振り下ろされた刀をよける。振りかぶってがら空きになっていた背中に軽く蹴りを入れると、こちらを振り返った顔はもう怒りで真っ赤になっている。

「くそっ」

再度振り上げられた隙に、今度はその浪士の腰にまだ刺さっている脇差に手をかける。刀が振り下ろされる前に素早くさやから抜いて、前に構えた。

「泥棒女め、」

言いつつ斬りかかってくる浪士に応戦しようとしたところで。
騒ぎはそれ以上に大きくなることとなる。

「し、新選組だっ」

周りで見ていた大衆の一人が、聞きなれた言葉を口にした。
これは面倒くさいことになりそうだ。
しかし新選組の名前が聞こえなかったのか気にしていないのか、浪士の攻める手は止まない。
再度斬りかかってきた攻撃をかわし、持っていた刀をその場に捨て置く。

それとほとんど時を同じくして、聞き覚えのある声がその場に響いた。
「新選組だ! 闘いをやめろ!」
左之さんだ。

ようやく事態を理解した浪士が、狼狽した様子で私を見て、先ほどまで持っていた刀を私が手放していることからさらにうろたえている。

「貴様、」
「女に刀を向けるなんざ、男のすることじゃねーだろ、」

連れて行け、と左之さんが続ける。
しぶしぶ男が連行されるて行ったので、自分の正体がばれないようにそっとその場を離れようとしたが、左之さんに目敏く見つかった。

「どこ行くんだ、なつめ」
『人違いじゃないですか〜』

愛想笑いでその場をやり過ごして踵を返したのだけど。

「お前のことを、見間違うはずねーだろ」
耳元でささやかれ、思わず左之さんを振り返ってしまう。しめしめ、と左之さんが笑う。

『ばれてたか〜。……言っておくけど、絡んできたのはあの浪士だよ?』
「なんで絡まれたんだ?」
『さあ? いきなりそこの女って声をかけられて、しばらく私のことと気づかなかったら、勝手に怒って酌をしろってさ』

そういやなんで私に声をかけたのか。それはわからず仕舞いだったけど、この後屯所で誰かが確認してくれるのだろう。

「今日は綺麗な恰好してるからな。気ぃつけろよ」
『そうなんだよね、この恰好慣れなくて』

女物の着物だと刀を差すこともできないから、袖に短刀を潜ませてはいるものの、どことなく落ち着かない。
女装をしていて落ち着かないとは、私は本当に女なのか、とたまに不思議に思う。まあ、男として生きているのだからしょうがないことか。特に問題はない。

「そういや、任務は終いか?」

今日は監察方の任務であることは朝伝えていた。一君からの文書を回収するという任務の内容までは伝えていないが。その任務が終いなのかどうかを聞かれている。

『土方さんに報告したら終わりだよ』
「よし、じゃあ帰ったらちょっと付き合えよ」
『どこに行くの?』
「そりゃあ、着いてからの楽しみだろ。あ、着替えずにそのまま出て来いよ」

それはつまり、男装をせず女装のままで出かけるということで、左之さんの前で女装姿は慣れないからイヤという気持ちとここから男装する面倒くささを天秤にかけ、左之さんと出かけるなら女装のままでいいか、という結論に至る。

適当に返事をして、ひとまずその場は解散となった。





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