28正体はまだわかりそうにない
「千鶴ちゃんが鬼って、信じられないぜ」
千鶴ちゃんと千姫、菊月さんがいなくなった広間にて、新八さんがぼやく。そうだな、と左之さんが相槌をうちつつ、こちら側へ―――広間の隅の方へ―――近づいてくる。
「お前は、千鶴のこと、知ってたのか?」
新八さんは総司や土方さんたちと話を続けているようで、こちらの会話には気づいていなさそうだ。
『うん。前に、風間たちが話してた内容でなんとなくは』
「話してた内容?」
『雪村の姓が鬼の一族を表すことはもともと知ってて、それに千鶴ちゃんの持っている小太刀は、東の鬼が持つ小太刀らしいよ』
とそこで、大事なことを思い出す。
『小太刀と言えば。千鶴ちゃんによく似た女の人いたでしょう?』
「ああ、制札の一件で邪魔建てした女だよな。確か、南雲薫だったか?」
『南雲薫が、千鶴ちゃんの小太刀の対の太刀を持ってた』
彼女も鬼だと思う。
そう告げると、左之さんがこめかみを抑えた。
「なんだ、鬼っつーのは、人と関わらないとかいう割に、身近にたくさんいるんだな、」
『……この動乱の時期だからじゃない? 昔から、こういう人の世が移ろう時って、鬼の一族に声がかかることも多いから』
久我の一族では、歴史の勉強と称して、久我一族をはじめ鬼の一族と人間のかかわりについて学ぶ。その成果からすると、戦が多い時ほど、鬼のかかわりは増えていた。
「そういや、お前のことは触れねーんだな、千姫さんたち」
『でも私のことはばれてるよ。前に菊月さんと話したし、』
「菊月?」
『ああ、君菊さんのこと。本名は菊月さんっていうんだって』
そこからまた、花街で菊月さんと話した内容を伝えると、左之さんが神妙な面持ちになった。
「……千鶴が出ていくことになったら、お前も行っちまうのか?」
『へ?』
予想外の質問で、一瞬回答に詰まってしまう。
それをどうとらえたのか、左之さんに真剣な眼差しを向けられた。
「お前にとっちゃ、”行く当て”になるのかと思ってよ、」
行く当ても帰る当てもない私にとって、同じ鬼の一族というのは、行く当てになり得るのではないか。ということだろう。
確かに、菊月さんの誘いを考えてはみた。でも。
『私は行かないよ』
先日、左之さんに言われた。私は私だと。鬼だろうと人間だろうと、「なつめ」なのだと。
逆に言えば、私は「人間」と一緒に過ごしているのではなくて、「新選組」の人たちと一緒にいる。「人間」ではなく、「左之さん」という人を信頼している。
私は「人間」と一緒にいたいのではなくて、「新選組」の人たちと一緒にいたい。「左之さん」の背中を守りたい。
そう気づくことができたから。
だから、私は新選組で戦うのだと決めた。
しかし、それを口にするのはなんだか照れくさくて。
『そもそも脱退は切腹だしね』と付け加えるだけとなった。
でも左之さんは、全てを言わずとも察してくれたのか、優しい顔で笑う。
「そうだな。……まあでも、何かあったら俺に相談しろよ」
いつものように頭を優しく撫でられ、左之さんがどことなく嬉しそうなことに満足する。
左之さんにはいつも笑顔でいてほしいな、と思う気持ちの正体はまだわかりそうにない。
「彼女のことを、これまで通りよろしくお願いします」
千姫が深々と頭を下げる。
どうやら千鶴ちゃんは新選組に残るらしい。
その理由はなんとなくわかる。土方さんのことが気になるのだろうと。新選組という危険な場所に自分を留めたいと思うほどに。
「くれぐれも気を付けてね、私はいつでもあなたの味方だから」
千姫が千鶴ちゃんに別れを告げている頃、
「あなたはどうするの?」と菊月さん。
周囲に気づかれないように配慮してくれている。
『私もここで、戦います』
その返事は予想していたようで、特に驚かれなかった。
「そう。それじゃあ、千鶴ちゃんのこと、頼みますね」
『大丈夫。しっかり守ります』
「何かあれば、花街の店へ言伝てください。少し時間はかかりますが、必ず確認しますので」
頷くと、音もなく千姫のもとに戻り、そのまま静かに帰っていった。
2人の後ろ姿を見守る千鶴ちゃんの肩にそっと手を置くと、不安そうな瞳がこちらを振り返った。
「なつめさん……私、残っても良かったんでしょうか」
そう決断したはずなのに、彼女はまだ迷っているようで、「また迷惑をかけてしまうのに、」と続いた。
『大丈夫でしょ、みんなあれだけ千鶴ちゃんを守るって騒いでたんだし。それに、千鶴ちゃんがいることで、みんな頑張れることもあるんだよ』
いつも左之さんがしてくれるように、千鶴ちゃんの頭を優しく撫でると、なおも不安そうな表情。
私の手では、包容力が足りないようだ。
『千鶴ちゃんは残りたかったから残ったんでしょ? 残りたいと思ってくれて、そして私たちを信じて残ってくれたことが嬉しいよ』
だからそんな顔をしないで。
ようやく千鶴ちゃんの不安を少し拭えたようで、ほっとしたような笑顔が見れた。
今度こそ寝よう、と2人で部屋へ戻る最中に、自分で放った言葉を振り返る。
左之さんもそう思ってくれているのかな、と。
私が菊月さんたちについて行かないと決めたことに、嬉しいと感じてくれているのだろうか。
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