断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
27心当たりのない来客



千鶴ちゃんに行ってきますの声をかけ、外へ出る。先日の雨が嘘のように、空っとした青い空が広がっている。

あの後、3日ほど療養という名目の幽閉をされていた。熱も下がり怪我もないため元気だと採算伝えたのだが、まったく聞き入れてもらえず3日を部屋の中で過ごした。
しかも自室ではなく余っていた部屋に寝かされていたため、暇をつぶせるものもなく、ただひたすら布団の中で眠るしかない。

ちなみに、この徹底した心配性ぶりは、鬼の副長こと土方さんの指示である。

ようやく外へ出られる今日。

「なつめ、待ってたぞ」

外では、浅葱色の隊服を着た左之さんが待っていて。先日の一件―――左之さんに過去の事情をすべて打ち明けた―――もあり、恥ずかしいようなくすぐったい気持ちもあったが、左之さんの姿を見たらそれもなくなった。

『お騒がせしました』

笑って見せると、左之さんは目を細めて、でもいつものように優しく私の頭を撫でた。

「頼りにしてるぞ」
『うん、任せて』

全てを打ち明けた後、幽閉されている間に、左之さんは何度も顔を見に来てくれた。
いろいろと話をしたけど、私が鬼であっても鬼でなくても、「強い」ことに変わりはないと言ってくれた。背中を預けたときに、安心できたとも。

それがとても嬉しくて、今後も左之さんの背中を守れるような存在でありたいなとひそかに思っている。

「でも無茶はするなよ、」
『わかってるよ、心配性だな〜』

土方さんに似てきたんじゃないの、と冗談を言いながら屯所を出た。久しぶりの巡察だ。





夜、眠る準備をしていたところ、バタバタと足音が近づく。正体は左之さんで、襖越しに声を名前を呼ばれた。

「なつめ、千鶴。起きてるか?」
『どうかした?』

足音と声から左之さんだけだとわかっていたので、二人とも寝間着姿だったが―――男装を解いていたが―――襖を開ける。

「千鶴に客が来ててな」
『千鶴ちゃんに?』

今まで客と言えば風間くらいだったが、こんなに礼儀正しく訪れるとは到底思えない。京に友達も親戚もいないと言っていたけど。
千鶴ちゃんを振り返ると、彼女自身も思い当たらないようだった。

「どなたでしょうか、」
「確か、お千と言っていたが」

左之さんの言った名前に心当たりがあるらしい。
とりあえず寝間着から着替えて「お千ちゃん」が待つ広間へと向かう。

「お久しぶりね。ごめんなさいね、こんな夜遅くにお邪魔しちゃって」
「お千ちゃん!」

広間には千鶴ちゃんの素性を知る幹部隊士しかおらず、その中には山南さんの姿もあった。
一緒に部屋に入った私は、邪魔にならないようにと部屋の後ろの方に座る。
バタバタと準備をしたため、いつも腹部に巻いている縄を巻かずに出てきた。そうした粗が目立たないように、という意図もある。

そっと顔を上げると、お千ちゃんの横に、もう一人女性が座っている―――菊月さんだ。
目があい、菊月さんがにこりとした。
先日千鶴ちゃんも一緒に行った花街にて、三条制札事件の報奨金でどんちゃん騒ぎをしたときの芸妓さんが君菊さんで、君菊さんの本当の名前が菊月と言う。

そして彼女は、鬼の血を引いていて、同じく鬼の血を引く千姫に仕えている。
ということは……「お千ちゃん」って、千姫のことか。

一体何を話に来たのだろうか。
こんなみんなの前で話をするということは、おそらく鬼の一族に関する話なのだろう。私も他人事ではなく、しかも左之さん以外いは自分の素性を話せていない。

千姫の話を固唾をのんで見守る。

千姫は、「今日は、あなたを迎えに来たの」と話始めた。
千姫の素性、鬼の血を引いていること。鬼という存在。人間の権力者によって、鬼が滅ぼされてきた過去。

「今、西国で最も血筋が良い家といえば、薩摩藩の後ろ盾を得ている風間家です。頭領は風間千景。そして、東国で最も大きな家は―――雪村家。あなたの家よ、千鶴ちゃん」
「え!?」

千鶴ちゃんが驚いたのと同じく、他の幹部たちも動揺を隠せないようだった。

「純血の鬼の子孫であれば、風間が彼女を求めるのも道理です。鬼の血筋が良い者同士が結ばれれば、より強い鬼の子が生まれるのですから」

続けられた説明に、その場がシンと静まりかえる。

『……風間は、何のために強い子どもを求めているんです?』

風間は強い。鬼の血を引くものの中でも群を抜いているだろう。さらに力を求めるのはなぜなのだろうか。
私も鬼であることは千姫にもどうせばれていることだろうから、注目を浴びることは覚悟の上で確認すると、千姫は恐ろしいことを口にする。

「これは仮定の話だけど。風間は、鬼の一族の復興と繁栄を画策しているんじゃないかしら」

確かに、人間によって私たち鬼の一族は数を減らした。
復興と繁栄というのなら、鬼の数を増やすことは必要だが、「強さ」が果たして必要だろうか。

『人間への、復讐?』
「……そうとも考えられるわ」

そこまで話してようやく、今日の本題に差し掛かったらしい。
千姫がぱっと顔を上げて、千鶴ちゃんをまっすぐに見つめた。

「だから千鶴ちゃん! 私たちと一緒にここを出ましょう。私たちなら、あなたを風間たちから守ってあげられる」
「私たちが接触を図っていることが風間たちに知られたら、すぐに襲ってくるかもしれません。急いで支度をしてください」

千姫の後に菊月さんも続いたが、戸惑う千鶴ちゃんに、今度はこちらの番とでもいうように、男たちが口を開く。どうやら、新選組では千鶴ちゃんを守ってあげられないと遠回しに言われ、それが納得いかないようだ。

「おいおい、決めつけんじゃねーよ。俺たちじゃ、あいつらに勝てねえってのか?」
「……言葉は悪いが、そっちの戦力は女が二人、だろ? あんたらの細腕で、風間や天霧、不知火と渡り合えるとは思えねえんだがな」
「何より、よそ者が僕たち新選組の内情に口を出さないでほしいよね」

武士の誇りというやつだろうか。
千鶴ちゃんを守れないと言われてムキになっているところがなんだかかわいいな、と思ってしまった。
それを見て間でハラハラしている千鶴ちゃんが大変そうだ。

「鬼ごときに恐れをなして、一旦守ると決めた相手を放り出すってのは、俺たちのやり方じゃねえな」

土方さんが最後そう締めくくり、また場が静まり返った。

「ちょっと待ってくれ。肝心なことを確かめていないじゃないか」

静寂を破ったのは近藤さんで、千鶴ちゃんの方へ向き直って、
「雪村君。君は、どう思うんだね?」と。

しかしその問いに、千鶴ちゃんはすぐに答えらず、千姫と千鶴ちゃんと二人で話をすることとなった。





prev/next
back


×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -