断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
01変わりばえしない一日の、変わりばえした出来事
秋、新選組の屯所の庭にある木々も色づき始めたある日。
晩御飯の炊事当番だったため、昼の巡察の後買い出しに出ていた。空の籠を背負い、京の町を歩く。特に何を作るかは決めていない。

「お、これもいいじゃねえか」

とは後ろからついてくる左之さんで、私が炊事当番の買い出しをする際には、重くなる荷物を持ってくれている。心優しい10番組の組長である。ちなみに私も10番組の隊士だ。

「お、あれもおいしそうだな」

左之さんの指すあれやこれというのは、確かにおいしそうではあるのだが、正直夜ご飯というよりは酒の肴のような物が多い。

『左之さん、晩御飯の材料だよ? 肴を探してるんわけじゃないんだからね』

と注意すると、そうだった、とまた真面目に材料探しをする。……少し歩けば、また肴を見ているのだけど。でも左之さんにとっては何の得でもない荷物持ちを手伝てくれるのだから、感謝しなければならない。

「今日はアユが大量だよ。少しまけておくけど、どうだい?」

私が買い出しの時にいつもお世話になっている魚屋の店主から声をかけられる。確かに、店先にアユがたくさん並んでいた。隊士の人数分はありそうだ。

『どれくらいになりますか?』

必要な数を伝え価格を確認したところ、予算内に収まりそうだ。籠の中に魚を入れていると、「2匹まけとくから、二人で食べな」と店主。たまにこうしておこぼれをくれる気前のいい店主だ。
ちなみに、こうしておこぼれをくれるのは私の時しかなくて、不思議に思って聞いてみると、細っこいし小柄だから早く大きくなるようにとのことだ。その時の理由は新選組の隊士の誰にも話していない。知られたら笑われてしまう。

『いつもありがとう!』

お礼を言って店を後にすると、後ろから毎度あり〜と声が聞こえた。

「お前は相変わらず、ここらの人から好かれてるな」
『そうですか? ……みんなが適当に買い出ししているだけじゃない?』
「んなことはねーよ。まあ、なつめが作る飯はうまいからな。選ぶ店も材料もうまいもんなんだろう。目利きのなつめに感心しているのかもな」

なぜか褒めちぎられる話題に、どう返せばいいかわからない。

『そんな褒めたってなにも出ませんよ〜』

適当に照れ隠しをしていたところ、向かいから新八さんと平助がやってくる。

「左之さんになつめ!」
「今日はなつめちゃんが炊事当番か」

なつめちゃんとは私のことで、本名は久我なつめ。新選組に属しているが、性別は女だ。男装して過ごしていて、ここにいる左之さん・新八さん・平助は新選組幹部の中でも私の正体を知る人物だ。

『そうですよ〜、今アユを買ったところです』
「お前らはどうしたんだよ。島原へ行くには早すぎやしねーか?」
「違うよ、酒を買いに来たの、酒!」

左之さんも新八さんも平助も、暇さえあれば夜に島原へ通っている。たまに私も同行するのだけど―――もちろん男として―――、今日は酒を買いに来ただけのようだ。これから晩御飯だし、それもそうか。

『お酒もほどほどにね。左之さん、買い出しそろそろ終えないと準備が間に合わない』

新八さんたちと適当に会話を流し、買い出しの続きへ繰り出すことにした。急がないと、腹をすかせた隊士たちからグチグチと文句をたたかれる。

そんな変わりばえしない、京での一日。そんな日に、事件は起こる。





失敗した隊士の姿と粛清している様子を見られた。
そんな話が幹部の―――「失敗した隊士」について知りうる試衛館出の幹部―――の間で回り、誰がいうでもなく広間に集結していた。
前川邸の方が何やら騒がしいとは思っていたけど、まさか羅刹が脱走していたなんて……。

羅刹とは、幕府の命により進められている、人体強化の研究の成果だ。人間が変若水を飲むと、鬼のような強い体と高い治癒能力を得ることができる。ただし、飲んだ人間は正気を失くす・太陽の下で活動ができないといった副作用が出てしまう。
つまりは、いくら肉体を強化しようとも、任務に使うことができないということだ。

正気を失って、血に狂うようになった羅刹のことを「失敗した隊士」と私たちは読んでいる。そうして変若水を飲んで羅刹となった隊士たちを、新選組ではなく「新撰組」と呼ぶこともあった。

正直、羅刹の研究には反対だったし、今でもすぐにやめるべきだと思っている。でも幕命だからどうしようもないってことで、こうして羅刹の研究は続けられている。
この失敗した隊士を粛清するのはとても―――辛い。長くても短くても、ともに戦った仲間が、正気を失い、理性を失くして暴れまわるところを見るのも辛い。そしてそれを斬るのも。

「沙汰は明日くだす」

広間に幹部が集まっているのを知ってか、土方さんが広間でそう指示を出した。どうやら土方さんや近藤さん、山南さんで話し合っても、どう対処するかは決めかねているようだった。
実際、失敗した隊士を見られたのは初めてのことで、時間がかかるのも頷ける。

「監視役を付ける。逃げたときのために2人ずつで当たってくれ。……変若水絡みのことだ、ここにいる幹部隊士だけで頼む」

幹部隊士ということは私はその監視任務に就かなくてもいいのだろうか。とひらめき、広間がざわざわとしている隙に抜け出そうとしたが、土方さんに目ざとく見つけられ、しっかり最初の監視役にされた。左之さんも一緒だ。

「ったく、さぼりますって顔に出てたぞ」

あきれたように土方さんがため息交じりに話す。

『だって幹部隊士じゃないもん、私』と小さく返せば、「なんだと?」と眉を寄せたので、何でもありません、と左之さんの後ろに隠れた。今日は鬼の副長の機嫌が悪いらしい。

何か言いたげな土方さんだったが、あきらめたのか何なのか、また近藤さん・山南さんと議論すべく部屋へ戻っていった。

「あんまり土方さんを怒らすなよ」
左之さんに注意をされつつ、広間を出て監視をする部屋へと向かう。

変わりばえしない一日の、変わりばえした出来事だった。




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