断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
23ただの偶然なのだろうか



ある夜に、土方さんに呼び出された。千鶴ちゃんにも悟られないよう、廊下を歩いているところに声をかける徹底ぶりだ。これはよほど重要な内容なのだろう、と気を引き締める。

土方さんの部屋へ入ると、やはり監察方の任務だな、と確信する。
部屋にいたのが、近藤さん、土方さん、山崎君、一君だったからだ。

「来たか、なつめ」

近藤さんは緊迫した空気を和らげるように、穏やかな口調だ。
しかし土方さんの眉にはしわが寄っていて、まったく緊迫した空気は和まない。
その二人の凸凹な感じに、少し笑ってしまう。

「ん? どうかしたか?」
『うんうん、なんでもない』

用意されていた座布団に腰かけると、土方さんはしばらく腕を組んで押し黙っていたが、ようやく口を開いてはこういった。

「近々伊東さんが新選組を抜ける」

不思議と驚かなかった。最近、伊東一派の動きがどこか落ち着かないとか薄々感じてはいたから、どちらかというと合点がいったという方があっているかもしれない。
しかし次の一言には少し驚く。

「そこで、斎藤に、間者として伊東さんについて行かせる」
『え、一君一人で?』

もし潜入がばれたら。いくら強いといっても、見方が一人もいない中に飛び込むのはとても危険だ。
しかしそれはそこにいる全員が承知の上で、それでもなお決断したことのようだった。

「それで、お前らを呼んだのは、斎藤からの報告書を運んでもらうためだ」
「一歩間違えば斎藤君の身にも危険が及ぶ。心してかかってくれ、」

近藤さんが言い終わったすぐあとに、誰かの叫び声が聞こえた―――千鶴ちゃんだ。
声の後に、ドシンと大きな音もする。
声の主がわかるや、すぐに刀を持って部屋を出る。千鶴ちゃんは部屋で寝る準備をしているはずだ。
土方さんや一君も一緒についてくるのがわかる。

何があったのだろうか。
もしかすると、風間たちが攻め入ってきたのではないか。

角を曲がって―――部屋の襖は開け放たれている。
部屋に入ると、羅刹化した男が刀を振り上げていて、その先で恐怖の顔をした千鶴ちゃんが震えていた。右腕には血が滲んでおり、それを抑えるように左手で覆っている。

『目を閉じて』
「っ、」

指示を出した時には既に刀を抜いていて、彼女が目を閉じたかどうかを確認する余裕もなくて、羅刹が刀を振り下す寸前に心臓を刺した。

ズ、と音がして羅刹が動かなくなる。
普段ならそのまま刀を抜くのだが、千鶴ちゃんを前にそれははばかられ、土方さんの方を見れば何を言わずとも動いてくれる。

「雪村、こっちに来い」

今度は、千鶴ちゃんが土方さんとともに退室したことを確認してから、刀を引き抜いた。
血の匂いが室内に充満する。
しばらく羅刹を見ていると、大丈夫か、と一君に声をかけられた。

『ん?』
「根を詰めすぎではないか。あんただけが背負わずともいいんだぞ」

それはきっと、羅刹の粛清のことを言っているのだろうと振り返ったところ、

「何があった!」
「2人とも無事か!?」

と左之さんと新八さんがやってきて、一君との会話はそこで終わってしまう。

「私の責任です、」
と影から山南さんが出てきたところで、さらに問題が発生する。

「一体何の騒ぎですの?」

現れたのは先ほどの議題にも挙がっていた伊東さんで、袖で口を押えながら部屋に入ってきて、私が刺殺した「羅刹」の死体を見られ。「さ、山南さん……!?」と山南さんの生きた姿も見られ。

「ちょっとどういうことですの、誰か説明してくださらない?」

なんだか頭が痛くなりそうだ。
その人の声に怪訝な顔でいると、隣にいた一君が、ふと笑ったような気がして―――きっと気のせいだろう―――伊東さんへ話しかける。

「伊東参謀、こちらはまだ危険ですので、あちらでお話いたします」

そうしてどうにか連れ去ってくれて、また室内には静寂が戻る。
何があったのかを問われ、一部始終を伝えると、山南さんが困った顔で頭を下げた。
私の監督不行き届きです、と。

千鶴ちゃんが狙われたのは、ただの偶然なのだろうか。しかも私がいない日に?
なんだかしっくりこないが、誰かを疑うような手がかりも証拠もないため、口には出さないでおいた。

そういえば、以前二条城で千鶴ちゃんが襲われた後に、鬼の存在に心当たりはないかと聞かれたとき。山南さんもその場で話を聞いていたことを思い出す。妙に熱心に聞いていた。

変若水は、人間を鬼にしようとする薬だと私は思っている。
鬼の存在が明るみになった今、そう思っているのは私だけではないかもしれない。もし山南さんもそう考えていて、千鶴ちゃんの血で変若水を改良としていたら……。
さすがにそれはないよね。だって千鶴ちゃんの血で薬の研究を進めるなんて。

「なつめ、大丈夫か?」

黙り込んで考え込んでいたためか、左之さんが心配そうに顔を覗き込んでいた。その顔の近さに少し慌てる。

『わ、左之さん。 顔近い』
「そうか?」

気にした風もなく顔を引っ込めてから、「お前も来い、幹部会議だと。伊東さんも含めて」と続けられた。

『えー、それ私行かなくてもよくない? 幹部じゃないし』
「何言ってんだ、いつも参加してるだろう。しかも当事者じゃねーか」

そうして広間へと連行され、なんとも苦しい会議が開催された。





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