20三条制札事件
山南さんの研究が勢いを増し、粛清される隊士を切り捨てる。そんなどうしようもない日々が続いた頃。
巷では、長州藩を朝敵とする旨を記載した制札が抜かれるという事件が頻発していた。
何度も抜かれる制札に、幕府の威厳が保たれないということで、新選組に制札を警備するように命が下る。
その日は左之さん率いる10番組が制札の警備を請け負っていた。
制札から少し離れた3カ所に拠点をしき、不審者が確認できた場合、私をはじめとした3名が各隊へ知らせに行く手筈だ。
夜もだいぶ更けた頃に、状況が動いた。
怪しい人影が制札へ近づいている。気づいてすぐに、3人で目くばせをして、それぞれ本体へと伝令に走る。
私は左之さんのいるところへ向かう。
『左之さん、来た!』
短く伝えると、待ち構えていたかのように、左之さんはじめ隊士がすぐに立ち上がる。そして音もなく制札の場所へ向かうと―――
「おい、何してる!?」
制札に手をかける浪士が見え、左之さんが先陣を切って対峙した。
「新選組!?」
「斬れーっ!」
掛け声とともにすぐに斬り合い場と化す。
激しい斬りあいだったが、犯人は8人だったこともあり、数で劣ることを悟り、制札はあきらめて逃げることとしたらしい。
そうなると私がいる方角が一番手薄だ―――1隊分、まだ到着していないため、挟み撃ちにする連携が取れていない。
刀を抜き、逃げてくる敵と対峙する。
最初の一人は、振り上げてきた刀を持つ腕を斬った。二人目は足をかけて転ばせる。三人目は―――
「そっちにばかり気を取られていいんですか?」
不意に声がして、すぐに殺気を感じる―――咄嗟に横に飛んで声から距離をとると、女の姿がある。先ほどの声の主のようだ。
「なつめ! 捉えた奴らを逃がした共謀者だ! 逃がすなよ」
遠くにいる左之さんがそう叫ぶ。
確かに、左之さんの方でお縄にかかっていたはずの人たちがすべて解かれていた。
『共謀者なら、手加減しない』
「どうぞご自由に?」
言ったそばから、女が持ってた刀を抜き、斬りかかってくる。キィンと高い音がなる。
『っ、』
予想に反して斬撃は重く、ようやく受け止める。
そこへ畳みかけるように、先ほどの逃げようとしていた3人目の男が斬りかかってくる。
女の刀をどうにか流し、その流れで男を斬る。
後ろから迫ってくる女の刀に自分の刀を合わせ、唾に引っかかったところで、カンと高い音とともに、女の刀が高く舞った。
「ちっ」
舌打ちとともに、女が後ろへ下がる。
刀を拾って再度斬りかかろうとするその人だったが、遠くから足音が近づいてきて、それが新選組の隊士だとわかったのか、闇の中に消えていった。
後を追おうと刀を収めたところ、左之さんに肩をつかまれた。
「こっちも手負いが出た。深追いは禁物だ」
『……わかった、』
振り返ると、女にやられたのか何人か斬られた隊士がいる。
『左之さん、あの女の人、』
「ああ……千鶴に、似てたよな?」
左之さんの顔は心配そうだ。
おそらく千鶴ちゃんが関与していないか心配をしているのだろう。
『千鶴ちゃんではないと思うけど、似てた、すごく』
似ていたこともあったけど、女が持っていた刀には見覚えがあった―――千鶴ちゃんの持つ小太刀と似ている。おそらく組の太刀なのだと思う。
そしてそれは、風間が言っていた”東の鬼が持つ”という刀になるのではないか。だとしたら、先ほどの女も、鬼の一族。
どうりで一振りが重いわけだ。
「さっき吐かせたが、土佐藩の連中らしい」
『土佐藩か。……あまり事を構えたくない相手だね』
「そうだな、」
土佐藩とは、私は関わっていないが、明保野亭事件でひと悶着あったため、新選組としては今、あまり事を構えたくない相手である。
土佐藩に、千鶴ちゃんの小太刀と同じ振りの刀を持つ女。
さっぱり意味がわからない。
「そういや、前に千鶴によく似た女がいたって、総司と平助が言ってたよな」
『そういえば騒いでた。……関係ありそうだね』
「帰ったら確認してみるか」
ひとまずはこの日は屯所へ帰ることとなり、制札を後にする。
こんな制札一つの為に、斬った斬られたの騒ぎとは、人間というのは難儀な生き物なのだな、と相変わらず他人事のように感じながら帰路につくのだった。
結局は土佐藩士ということで、この後は穏便にことが進み―――これより前に明保野亭事件が発生し、土佐藩に会津藩が頭を下げる形となっており、今回はその逆の形となる―――、報奨金をもらうこととなった。
千鶴ちゃんによく似た女の素性はわからないまま、左之さんがもらった報奨金で、試衛館組に酒を飲ませてくれるらしい。
千鶴ちゃんも誘って、久しぶりのどんちゃん騒ぎである。
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