哀れな女の恋だった
この世にミモザという人物は存在しない。
ミモザという人物はある女が作り出した、架空の人物だった。明るく朗らかで、しかし、どこか色気を感じさせる彼女は本来いない存在だった。名家の裏を探ろうと内部に忍びこんだ女スパイが顔を変えて、身体を変えて、性格を偽って、そうやってできたある種の偽物だった。
街で適当に万人に好かれそうな人物を見つけて、姿を真似るのだ。性格は潜入先に合いそうなものにする。真面目で礼儀正しくて、清らか。背筋がピンと伸びているような女性がいい。
試験もクリアして無事に潜入。同僚に素の面を見られてしまうというトラブルもあったが、それは些細なことでしかない。事は順調に進んだ。進んでいた。
しかし、
女スパイの仕事は結局失敗に終わる。偽りではなく、仕事の為のフェイクでなく、その女の本心から家の男に恋をしてしまった。
更に、いただけなかったのは、男に決まった人がいると知ってから、段々と自分の恋情を我慢できなくなったことだ。女は男の婚約者に化けて一時の快楽に身を任せてしまった。そして、後にわかることだがその胎内に男の子を宿してしまった。
救いだったのは、いざという時の為に上司からもらっていた薬を持っていたことだろう。記憶の混濁。女と男の夜のひと時は、女が使った薬の影響で、男の記憶には一切残っていなかった___。
男の記憶が消えた夜。一人のメイドがひっそりと辞めていった。
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「貴女は何処へ行ってしまったのでしょうね」
数十年後、初老の執事が思い出に胸を馳せながら呟いた。金色の髪を揺らして、自分に悪態をついていたあの同僚は、いま、どこにいるのかと