信仰的な恋だった (ジンジャー)
彼女と引き離されたその日から、私の世界は色褪せた。毎夜、彼女の笑顔を思い浮かべながら眠り、朝目覚めて彼女がいないことに絶望する。繰り返し、繰り返し。後何回繰り返せば、彼女に再び会えるのだろうか。
「ジンジャー様」
「何かあったかな、テムズ」
「…いえ、失礼しました」と幼い日からずっと共にあった執事は段々と軽くなる体重にも目敏く気がついていた。しかし、自分でもわかっているがこれは気持ちの問題で、だからテムズも困ったように笑うだけで何も言って来ないのだろう。メル、私は君がいないとうまく生きてすらいけないようだ。
君がいなくて、呼吸が苦しい私がいても、私の世界は変わりなくまわってゆく。
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「書斎に篭もりってばかりもつらいな…」
少し気晴らしに屋敷の中でも歩こうか、と自室を出て数分、話し声が聞こえてきた。
私が亡き父の跡についた時、私には足らないことが多々あった。その補助をしたいと、メルが勉強の為に外の世界へ行ってから、従業員を少しずつ増やして行った。寂しい屋敷を少しでも生きている人間の気で明るく紛らわせたかったのだ。中にはてきぱきと仕事をこなすメイドもいるようで、メイド長が喜んだように自慢をしていたが、果たしてどんな名前だっただろうか。
そんなことを考えていると、話し声の一つが聞き覚えのあるものだということに気がついた。あいつが職務中に雑談など珍しい。
「やぁ」
「!ジンジャー様」
「…!」
二人とも一様に驚いているのが面白い。テムズは横目でメイドをチラリとみると、メイドもテムズの意図に気がついた様にはっとすると二人同時に頭を垂れて謝罪を述べた。うーん
「いや、気にしないでくれ。それに、テムズ、君が楽しそうにしているのは友人として気分がいい」
「…勿体無いお言葉です」
「テムズはお節介なやつだが、いい奴だ。よろしく頼むよ」
メイドを見ながら述べると、メイドは目を見開き、テムズは何故か焦ったように「いえ、あの」と狼狽えた。珍しいこともあるものだ。どうしてか考えて、そして、メイドの名前をまだ知らないことに思いつく。
「君はあまりみない顔だ、名前は?」
「私は____」
メイドが恥じらうように金色の髪を耳に掛け、口を開こうとした時、メイド長が遠くから喜びに満ち溢れた声で叫んでいるのが聴こえた。
「若旦那様!!メル様が、キャラメル・ヴァイス様が帰られましたよ!!」
その名を聞いて、身体が思わず駆け始めた。メイドが驚いているのがわかったが、今は構っている余裕がなかった。メイドはテムズに任せればよい。そんなことより__彼女が帰ってきた!彼女が、私の愛する太陽が!
「メル!!」
「やぁ、愛しい未来の旦那様。…ただいま」
にっこりとはにかむ彼女のなんと神々しいことか!思わず抱きしめて、懐かしい香りにぐっと心が熱くなり震えた。好きだ、好きだ、いとおしい
大きく呼吸をすると、腕の中で彼女が不思議そうにこちらを見ていた。
「やっと呼吸ができる」
と笑うと、なんだそれ、と彼女は笑い飛ばした。
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メイド長の言葉とジンジャー様の様子をみて、彼女は気がついてしまった。
「知っていたのね」
「だから、あんなお節介をしたのでしょう」断定する口調で、彼女は呟いた。その瞳は眩むような熱情と、欲と、絶望としかし、諦めを詰め込んで怪しげに光っていた。
あぁ、全てが遅かった。