なんで幸福な時間っていうのは過ぎるのがこんなに早いんだろう。
ピロートークもそこそこに、わたしの瞼が落ち始めた頃宮君は服を着直し始めている。愛された証拠なんて周りにいくつも転がっているし、なんなら自分の身体にだって残っている。キスマーク、鈍い腰の痛み、そして今だ燻る彼の熱。
「李沙、送ってくれへんの?」
「…ん、送る」
「……ごめんな」
「なんで謝るの? 来てくれて嬉しかったよ」
「…なあ」
「ん?」
固くなった表情に、わたしも思わず目を見張る。なに、急にそんな真面目な顔してどうしたの? ぎゅっと唇を閉じると、さっきまで触れていた宮君の掌が私の頬を撫でた。優しい温度。わたしが一番好きな人の温度だ。
「俺、卒業したら東京に上京しようと思ってんのやけど。李沙はずっとこっちおんの?」
「…え」
「ま、まだあと一年はあるしなあ、どうなるかとか全ッ然分からへんけど。考えといて?」
「か、んがえるって…」
何を。何をだって、そんなのもう予想はついているのに聞こうとするあたり、わたしも大概悪い奴だというのは察しがついている。でも、宮君がそんな未来を望んでいるということが嬉しすぎて声が出ないのだ。
「ねえ、…わたしの良いように捉えちゃうけど。いいの、…宮君だって、これからもっと良い人と出会うかもしれないのに」
「そん時はそん時やろ」
「えっ、そん、」
「それに、その可能性があるんわ李沙もやろ。お互い様や。…でも、多分……」
「?」
「俺は多分、李沙しか見ぃへん気がする。お前みたいな危なっかしい女見捨てて他の女のとことかいけへんわ」
ねえ、その言い方酷い。酷くない? …そんなこと言われたらわたしだって他のところとか、行ける訳ないのに。もちろん行くつもりだってないけど。それなのに、この人は分かってないでやってるのだろうか。じわじわと色んな所を鎖で繋いで、離れられなくなるようにしていく、言葉の檻。
無理だよ、そんなの。…他の人見るなんて言われてももう無理に決まってるじゃん。
「…そろそろ行かな」
「あ、うん、待って。すぐ着替えるね」
別れの間際でそういうことを言われても、期待じゃなくて寂しさしか生まれない。いやだ。またここから何日、何週間、何ヶ月会えなくなるの? 連れてってくれたらいいのに。こんなに暗くて孤独な部屋から、攫ってしまってくれたらいいのにって。
「もう少しだけ大人になったら、な」
ぼそりと聞こえた声は聞き取りにくかったけど、多分、そう言ってくれたんだと思う低い音。心を読まないで。じわりと滲んだ瞳からそれが溢れることはなかったけれど、多分宮君にはバレていたと思う。
―――「…まあいいんですけど、登校してからすぐ惚気るのやめてくれませんかね李沙ちゃん」
「黒尾先輩にしか話せないの。許して?」
「なんか献上しなさい」
「ポッキーでいい?」
「安いな」
朝から見つけた黒い寝癖頭を取っ捕まえて、体育館の裏。今日は男子バレー部も朝練はなかった筈だけど、と思いながら悶々としていた気持ちをぶちまけていた。どうしよう。嬉しい。けど、同時に寂しくて、それはわたしがおかしいのだろうかとか、皆同じなんだろうかとか。
「まあでも。…どっちも正解なんじゃね? それが決まった未来じゃないしな。でも嬉しいってのは今の気持ちだし。寂しいってのは、つまりずっと一緒にいたいって言われてすぐ離れ離れになったからだろ? 確約されてないものに不安になるのもしょうがねえよ」
「わたし宮君以外って無理だと思うんだよなあ…ああは言ってくれたけど、別の人と〜とか言われちゃったらどうしよう」
「それ今の状況ではまずありえなくね? 急に不安撒き散らしてどうすんだよ。まあ、その時は俺が貰ってやるから」
「その時は孤独に生きようと思う」
「オイ、そんなことを言うのはこの口か」
「むひゃっ」
ぐいぐいと頬っぺたを黒尾先輩の両手で潰されて、瞳にわたしの変な顔が映っている。痛いなあ、加減考えてよね。…一瞬だけ黒尾先輩の口の端が歪んでいたのはわたしの気のせいだった、…よね?
2017.07.22