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「…クロ」
「なんだよ来てたのか研磨」
「邪魔なら帰るけど」
「いやいーよ。父さんは?」
「仕事でまた出てったよ。でもすぐ戻るって」

 ザクザクに削られたダメージを回復できる訳でもなく、取り敢えずとばかりに連れてこられた黒尾先輩のお家には孤爪先輩もいた。まるで我が家とでも言わんばかりではあるが、嘘でも冗談でもなく黒尾先輩の家らしい。リビングでずっとゲームをしていたのか、ソファに埋もれて面倒臭そうにしている彼の顔は何かを言いたげである。まあ絶対言わないだろうけども。

「まあゆっくりしてけよ。適当にしてて」
「でも、」
「…なんかあったの?」
「気分転換、気分転換」
「ふうん」

 勝手に黒尾先輩は話しを進めているけど、わたしは了承した覚えがない。だけど、なんとなくその気遣いが今は少しだけ嬉しい。今家に帰ったってどうせ独りだし、何もない机の上にぽんとお金だけ置いてあるだけだろうから。家族がいるはずなのに、実際はいないようなもので、それがとっても虚しくて悲しくなる。そういう私の考えていることを黒尾先輩は一つずつ読み取ってここに連れてきてくれたのだ。彼はそういう、人の気持ちによく気付いてしまうことをわたしはもう知っている。そして孤爪先輩も同じ節があった。だから「…椎菜さんもやる?」って、大好きなゲームを渡して来ようとするのだ。

「ううん、先輩がやってるの見てる」
「やんなきゃ楽しくないよ」
「見てるの楽しいよ」
「変なの」

 少し開けてくれたソファの端に座って、差し出してきたゲームを押し返した。ならいいやと自分の手の中に戻してゲームを再開し出した孤爪先輩は、わたしが退屈にならないようになのか寝転がっていた体制からちゃんと座る格好になって、そしてこっちに画面が見えるようにしてくれた。べらべらと話すのが好きではない、これは彼なりの優しさなのである。あと、黒尾先輩の家に来たことも、何も聞かないでおいてくれるのも。

「研磨飯は」
「‥食べる」
「黒尾先輩、自分で料理するの?」
「まあな。俺ん家父さんしかいないから、遅くなったりすると自分でやるよ。あとは研磨のとこ食べに行ったりとか」
「そう、なんだ」

 吃驚した。吃驚してちらりと孤爪先輩を見てみたら、やっぱり彼はずっとゲーム機に目を落としていて、わたしの視線には気付いていない。黒尾先輩の家庭も、もしかしたら結構複雑だったりするのかな。そういうのは聞いたことなかったしわたしから聞こうなんてことも考えたことなかった。だって孤爪先輩と同じくらい人のことをよく観察していると思うし、そしてどんな人とだっていつの間にか仲良く接しているし、そういう「家庭環境で何かがありそう」な雰囲気は、彼からは少しも感じられなかったのだ。…いや、だからこそなのだろうか。彼がそこまで器用に人と付き合えていけているのは。

「…吃驚した?」
「え?」
「クロ」
「あ……うん、まあ…あ、」

 ぴこぴことゲームの音に混じって、聞き慣れた自分のスマホの着信音が流れてきた。画面の中には宮侑の文字。まずい、とはまでは思わなくても、知り合いの男の子の家にいるのがバレたらちょっとだけ怒られそうだなとは思った。でも電話には出たくて、少しだけ二人から離れた場所で通話ボタンを押す。久しぶりの声に嬉しくなって、そしてなんだか悪いことをしている気持ちにもなってしまった。

「もしもし、」
『お疲れさん。どうや、調子は』
「おかげさまで治ってきてるよ」
『そうか。ならまあ、ええけど』
「心配性」
『そら心配もするやろ。今なにやっとんの?』
「…友達の家だよ」
『おお、仲良くやっとんやなあ』

 ごめん宮君。その友達というのは男の子で、多分なんだけどわたしのことが好きな子なんだ。口が裂けても言えないそんな事実を飲み込んで、まあねって一言だけ零して笑った。でも大丈夫だから、黒尾先輩は無理矢理何かをしてくるようなタイプではないし、孤爪先輩だっているし。そんなことを考えながら宮君と会話を弾ませること数分、フライパンを持ったままの黒尾先輩が奥からこちらを見ているのが見えた。…気にしてるのかな。宮君と喋ってるの。でもしょうがないじゃん、電話は宮君からだし、わたしも出たいし話したいんだもん。だけど、どこか寂しそうに見えたその目に心臓をほんの少し締め付けられた気がしたのだ。わたし絶対悪くないよ。…だけど今日は、黒尾先輩に助けられたのだ。とか。色々考えてしまって、宮君の声が入ってこなくなった。

『…李沙、聞いとる?』
「っあ、ごめ、ぼーっとしてた」
『あ〜、悪い邪魔したな。ほんならまたそっちから電話くれるか?』
「…ごめん…」
『そんな謝らんでええやろ。俺も飯食ってくるわ』

 折角の電話を向こうから切られてしまって、残念でたまらない気持ちと僅かな安心感が心の中を騒つかせる。こちらを見ていた黒尾先輩の姿はもうなくて、リビングに戻ってくると孤爪先輩のやっているゲーム機からゲームオーバーになったかのような悲しい音楽が流れてきた。どうやら負けてしまったらしい。

「負けた?」
「…思ってたよりもボスのレベル高かった」

 ソファに座り直して、ちらりと黒尾先輩を見た。ずっとコンロの方を向いたままこっちを振り向いてはくれない。今何考えてるんだろうとかどういう気持ちなんだろうとか、いっぱいぐるぐる考えていたけど、大きな溜息が一つ溢れただけで正解っぽい答えにはいきつかなかった。

2019.06.23