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「#椎菜さん#ずっと包帯してるけどあの手首どうしたのかな…」
「さあ…」

 噂話ってさあ、なんでこんなひそひそ行われるものなの? もっと本人の居ないところでとか、もっと小さく小さく声を潜めるとか色々やり方あるじゃん。そもそも友達を作らないというわたしの姿勢のお陰で面と向かって「どうしたの?」とか聞いてくる人がいないだけなんだけどさ…。

あの時、力尽くでコンクリートに押し付けられた手首が痛んでしまい、目立つかもしれないとは思ったけれど湿布を貼って医療用の抗菌ネットで固定していた。ああ、もう最悪じゃん。部活を休むつもりなんてなかったのに、「無理しなくていいよ」なんて言われて無理矢理三日目の休みを頂戴してしまった。…することないんだけど。

「あと、六組の石田君の告白断ったらしいよ」
「あ〜聞いた聞いた、遠距離の彼がいるとかって噂だったけど、実はウチの三年と付き合ってるらしいね」
「別に言えばよかったのにさ〜」

 噂ってのは、回るのも早い。恐らく振った男子生徒が愚痴を周りに伝えたのだろう。そんな噂を聞く度に違う、違うと一言言い放ってやったが、既に尾鰭を二枚も三枚もつけて色んな情報が飛び交っていた。それが現在一週間…正直どうだってよくなってきた所だ。だって結局わたしの彼氏は宮君だし。

手、どうや

 手首を怪我して部活を休んでいること。そうしてホンマか? なんて言われて怪我の写真を送信したことにより、意外とマメな宮君からは最近間隔を短くしてラインが飛んでくる。過保護だなあと思いつつ、愛されてるなあと嬉しくなった。

大丈夫、もう良くなると思うから

 黒尾先輩が言ったことは、宮君に言えなかった。
 宮君の性格を知っているから、言ってしまうともしかしたらこっちまで来て黒尾先輩自身に乗り込んで行きそうだと思ったから。ごめんね宮君。こっちのことは、ちゃんとわたしが全部綺麗にするから。

「…はあ」

 ラインにはもう一件の通知が入っていた。

今日も部活休みならまた飯でもどうですかね

 黒尾先輩、最近何を気にしてなのかよくラインが入ってくる。手首の怪我を気にしてなのか、それともあの時の発言を気にしてなのか。

夜久先輩とかいるなら、是非

 簡単に予防線を張って、そう送信した。学校で一番気楽に付き合える間柄だった筈なのに、黒尾先輩とという人物が分からなくなってきている。いや、元々掴めないような、それでいて頭のよくきれる先輩だったけれども、最近は特に分からない。

「……ああ、もう」

考えるだけ無駄かもしれない。取り敢えず、黒尾先輩が何を考えているかはそのうちちゃんと聞こう。話せば何かわかると思うから。

『…#李沙?#』

 突如ぶるぶると震えたスマホ、そして見えた名前に急いで教室を出ると通話ボタンを押した。聞こえてきた声は一番安心のできる声。心配そうなトーンは宮君にむいてないよって言おうとしたら、お前なんかあったんちゃう? って探るようなトーンになった。

「なに? なんか変?」
『手は大事やからいうて、転んでも顔面で地面受け止めるような奴が、なんで手首の怪我なんてしとんねん』
「なにを今更。大体いつの話してるの」
『バスケの授業とか下手な嘘つくなや。珍しい思とったんや、無駄に運動神経ええ癖に』

 いちいち刺々しい言葉が混じってくるのは無視しておく。これは彼なりの心配の仕方だから、気にしてもしょうがないのだ。好きの裏返し、とでもいうのだろう。単純なわたしは、彼の裏の言葉を読み取って頬っぺたが少しずつ緩んでいく。…が、真意は答えられない。顔が見えるわけじゃないから、声色さえ変わらなければこれ以上追求されることはない。…多分。

「わたしも猿も木から落ちる≠ンたいなことあるよ、そりゃあ」
『なんや賢い言い方すんなや、むかつくわ』
「ふふ、ありがとね。それより今日部活は?」
『もうすぐ』
「そっか。頑張ってね」
『おん。…なんかあったらすぐ連絡せえよ』
「だからないってばあ」

 電話の奥から通話の切れた音がして、わたしは大きく息を吐いた。よかった、これ以上何も聞かれなくて。黒尾先輩に送ったラインには既に既読がついているけど、まだ返事はきていない。どうしようかな、どちらにしろ一旦帰ろうかな、それとも見学だけ行ってみようかな。帰って治しなさい、とか言われそうだ。

2017.12.16