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「つっっかれたー! ご飯、ご飯食べたい!」
「も〜…怜奈ちゃんは仕事終わると大体それしか言わないよねえ…」

 サポートドラムとしてとあるアニソンライブのリハを済ませた所で小さくお腹が鳴った。アニソンの仕事が回ってくるととても緊張する。腕の良いミュージシャンにしかほとんど回ってこないジャンルだから嬉しいと言えば嬉しいが、ある程度というか、それなりの技術がないとこなせない。その為にわたしはここ四日間一人スタジオに篭って練習していたのだが、その結果は見事に表れた、という感じだ。つまり頑張ったご褒美として今日は美味しいハンバーグを食べに行きたい。確か美味しい所あったんだよなあ〜と携帯で検索しながらスタジオを出た。

 まさかこんなふっるいスタジオで練習しているなんて誰も思わないだろう。見た目は完全に廃墟と化したビルだが、中は設備の整った最新型の機器が並んでいる。つまり、外面は悪いが中身が素晴らしいということだ。

「えー? 怜奈ちゃん帰っちゃうのー?」
「たまには付き合えよー。飲み! 飲み!!」
「いやだよ! 酒には弱いんだから!! 何度も言わすな!!!」

 付き合いが悪いとよく言われるが、実質そんなことはない。何度か顔を合わせただけの人とご飯に行くのが好きじゃないだけだ。だって何考えてるかわかんないじゃん。…おっと。この間初めて会った高校生の月島君とケーキ食べに行ったんだったっけか。あれはちょっと別枠としておいておこう。

 お酒に滅法弱いわたしはコップ一杯も飲んだら寝てしまう自信があるし、そんな所を見られるなんて、よっぽど気の知れた人間の前でしか無理なのだ。…ああ、それよりハンバーグ。ハンバーグだった。

 バスに乗って十五分程、降りて何分か歩くと、近くに見覚えのある看板が見えた。そうそう、あれだ、あの牛の後ろ姿が描かれた看板。良い匂いにつられるように体をふらふらとさせると、目の前から突如として見えた眼鏡に、黄色の髪に、白いヘッドホン。…そして、見覚えのある高校の制服が。

「あっ! 月島君!」
「…ッゲ…なんで、」
「その発言! なに!」

 いやゲッてどういうことだ。今まで生きてきて歳下にそんな失礼なこと言われた経験ないんですけど。ダルそうに歩く月島君に駆け寄ると、僅かにヘッドホンから漏れる音に思わず耳を立てた。…これ、聞いたことのあるフレーズだ。ギターの独特なカッティング、忘れもしない、「ここはこれでいい」という、撮り直したかった箇所を敢えてそのまま使うというアカネさんの愚行‥

「LYNX……」
「いや…地獄耳すぎません…? ちょ、やめてください、なにするんですか、」
「月島君、お姉さんまた奢っちゃうから一緒にハンバーグ食べよ!」

 だって、こんな若い高校生がこんな興奮もしなさそうなジャンルのバンドの曲聞くなんて思わないじゃないか。LYNXは、顔無しでアカネさん達と出しているCDだし、まさか月島君が聞いているなんて思っていなくて余計にとても嬉しかった。確かに売れてはいるけど、…まさかこんなに若い子にまで浸透しているとは夢にも思わなかった。

「僕ハンバーグって気分じゃ…」
「パンケーキもあるよ!」
「そういうことを言ってるわけじゃなくて、」

 ずるずると月島君を引っ張るそのわたしの姿に、誰がSのドラマーの兒嶋怜奈だと思うだろうか。完璧な帽子、完璧なサングラス、完璧な髪型。…ん? でもなんで月島君はわたしだと気付いたんだろうか。周りは一切気付いていないというのに。…まあいいか。


―――


「月島君はわたしのことが好きなの?」
「僕そんなこと一言でも言いましたっけ」
「いや、なんか行く先々にいる気がして」
「それは僕の台詞です。そもそもこんな所で怜奈さんがふらついてる方がおかしいですよ」
「ここのハンバーグめちゃくちゃ美味しいんだもん。家この辺なの?」
「言うわけないじゃないですか」
「やだなあ、ストーキングなんて趣味じゃないって〜」

 溢れる肉汁を逃さないようにハンバーグを口に運んでいると、イチゴパフェなんて可愛い食べ物を目の前にした月島君は、呆れた口を開いて苺を噛みしめた。そのギャップなに? 生意気だけどその合わせ技めちゃくちゃ可愛いよね。

「美味しい〜! 月島君これ食べたことある?」
「ないですケド」
「じゃあはい! 少しあげる!」

 ぐい! とさしだしたフォークに、肉の塊が刺さっているのを見てげんなりとしているが、…もしかしてお肉苦手なんだろうかと首を傾げた。だから筋肉つかないんだぞ! と頬を膨らませていると、観念した月島君は「自分で食べます」とフォークを奪おうとする。それはやだ。…なんかやだ!

「いいじゃん。どうせ姉と弟が可愛いことしてるね〜、みたいにしか思われてないよ。はい、えーと……蛍君、だっけ? あーん」

 その瞬間、ぶわわと月島君の顔が下から真っ赤になっていった。え。…いや、え? どうした?? そう思ったのも束の間、彼は慌てたように右腕で顔を隠したのだ。…いや…嘘、まさか照れた?

「バッ…カじゃないの…?! なんか自覚するとかないんですかアンタ…!」
「え? あ〜…ごめん、?」
「…ムカつく…!」

 おい、歳上に向かってなんて言い草だ。まあでもあれか。照れたのか。…照れたのか。なんだよ年相応に可愛いなあと関心していると、そうだとわたしは思いつく。逆パターンもやってみたらおあいこ的な意味でいいじゃん? と。

「じゃあ蛍君もわたしにあーんして。そしたらお互い様だってことでいいでしょ?」

 ぱ。そう擬音がありそうな具合に口を開くと、生クリームとイチゴを指差した。ここのデザート、いつもご飯食べすぎるからあんまり食べたことなかったんだよねえと、食べられる嬉しさで顔が綻んだ。

「っ〜〜!」

 ありゃま。また顔真っ赤だ。高校生だなあ、やっぱり。なんて考えていると、ぐっさりとイチゴを刺したフォークが綺麗な小皿に移されていた。えー、食べさせてくれないのー? と、ちらりと見た月島君の顔が余りにも可愛くて吐き出す言葉が見つからない。…とりあえず、イチゴありがとうございます。甘酸っぱい、とても新鮮な味だ。

2017.06.24