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 急にはっとした。
 いつの間にか蛍と元に戻ったような気がして。

 ドラムに支障をきたしていたのもすっかりなくなったし、迷惑をかけることもなくなった。ただ、今まで通りになった気がするだけだったらほっと息も吐けるのだが、蛍とは元に戻ったどころか前よりも連絡の頻度が増えているような。…ないような。

「お疲れー」
「あれ、練習してかないの?」
「俺今から雑誌のインタビューなんだよ。怜奈は?」
「んー、誘われたセッションバー行こうか迷ってるとこ」

 スティックを戻したわたしも帰る準備は万端である。まだ夜の八時だから、セッションバーを予定しているお店もこれからが盛り上がりになるだろう。

 どうしようかなあ。そうやって迷ってる所でまたメールがきた。もしかして蛍かも、と思っていたら、メールの相手はゆかり。珍しい。なんとなしにメール画面を開いてみたら、「今坂ノ下商店に、例の彼いるみたいだけど」という文字が続いている。

 ちょっと待て、この間のわたしに対するあんたの助言って一体なんだったの? つまりゆかりは、わたしにそこへ来いって言ってるんでしょ? いやその前に坂ノ下商店ってどこだ。

「おーい、セッションバーいつも行ってるとこだろ? 通り道だし送ってくけど」
「ごめん! 野暮用思い出した!」

 あれだけ蛍から逃げていた癖に、わたしは無意識のうちに彼に会いに行くという選択肢を選んでいた。あ、そう、なんていうメンバーはそんなわたしの様子を気にもせず、扉を開けて外へと出て行く。坂ノ下商店って検索したら出てくるかな。すいすいとiPhoneを操作しながら、スタジオのカードを貰う。明日は朝から仕事だから、ちょっと会うだけ。偶然を装って、ゆかりとコーチの様子を見に行くっていう理由にするだけだ。…そうだ、さっき練習前に貰ったお土産を渡しにきたって言って行けばいいや。


―――


 どきどき。心臓を煩くさせながら、地図アプリを使うこと一時間もかからなかったくらいだろうか。流石にもういないだろうなと落胆しつつ、いやいや、わたしは二人にお土産を届けにきた程なんだからなんにもおかしくない! …と頭を振っていたら、住宅街に突如として現れた小さなお店の外に、真っ黒な学ランが見えた。え、もしかして…と目をぱちぱちとさせていると、くる、と向いた顔にまたどきり。こんな時間まで何やってるの、という声は出ず、持っていたお土産の袋をあわあわと上げたり下げたりを繰り返した。いやいや、そこは「あれ? 何やってんの?」って言うべき所なのに、それが出なかった時点で、わたしの目論見は既に失敗だ。

「…怜奈さん」
「け、蛍、やほ、なに、やってんの、」
「芝居下手クソですか」
「そんなこという!?」
「…来てくれないと思ってた」

 ちょびっとだけ嬉しそうに笑った蛍が、ヘッドホンを外しながらそう言った。

「ちょっと、…あの、ゆかりにお土産渡しに来ただけだからちょっと待ってて、」

 明かりのついた店内に慌てて入り込むと、「あ、やっと来た」と言わんばかりのゆかりと、店仕舞いの準備をしているコーチの姿があった。やっとって言われても、スタジオ遠いんだもん。しょうがないじゃん。

 どうしてゆかりが、わざわざわたしにメールをしてくれたのか。それは、蛍の顔が分かったからとかではなかったらしい。彼がつい最近、烏養コーチに相談をしていたからだそうだ。歳上の、変わった女の人を好きになってしまったことについて。…って、それ本当にわたしなのか? だとしたら解せぬ。

 人に相談とか悩みとか吐き出すような人ではないと思っていたが、どうやら蛍は、誰かに吐露しないといけなくなっていたほどに悩んでいたらしい。それはそれで、申し訳なく思ってしまう。…でもそれさ、わたしに言う?なんで?≠チて聞いたのはそりゃわたしだけど、ちょっとはオブラートに包んでよ。

「今の時間帯にこんな場所でSのドラマーが高校生と喋ってるなんてさすがに思わないでしょ」
「そうですね、」
「帽子とメガネまで用意しちゃって会う気満々だったじゃん」
「うるさいな」
「こういう機会あればちゃんと話せるでしょ。お店もう閉めるからお土産置いて早く出て行って」
「酷い!」

 一応お土産渡す程で来たのに! でもゆかりは多分わたしを思ってメールをしてくれたし、コーチに相談して、わざわざ蛍を引き止めてくれたのだ。それって友達としては感謝しかないし、とても有り難い。流石に言い方ってものがあるが。

 お土産を置いてお店を出ると、待ってましたとばかりにガラガラとシャッターを閉められて、ぽつんと一つだけ設置されている心細い街灯だけが蛍の姿を照らしていた。締め出されたんですか、と震えている声は、どうやら笑いを堪えているらしい。そりゃあね、お土産渡してすぐ締め出されるとかないですよね。でもいっそ笑ってくれた方がいいんですけど。

「お土産渡しにきただけなのにそんな扱いされるとか笑えますね」
「ほんとだよ…ひっどいよほんと」
「でも実際、お土産渡しにきたのが一番の目的じゃないでしょ」
「な、何言ってんの、ばーか」
「貴女より馬鹿じゃないですけど」

 ぼす、とヘッドホンを装着されて、聞こえてきた曲に思わず足が止まってしまう。…これ、わたしが作詞したラブソングだよ、蛍。

「これ、良い曲ですよね」

 やわらかく笑った蛍に、ふに、と人差し指で唇を押さえつけられて、顔からぼんって音がした。

2019.03.26