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 蛍に連絡を控えるようになったら、そのまま仕事が忙しくなった。心のどこかにぽっかり穴が空いたことには気付いていたけど、それを埋めようとして以前以上に蛍以外のことを考えるようになっただけ。彼に好きな人がいるなら、わたしは邪魔しない方がいいしなあっていう漠然とした考えだったけど、蛍から連絡が来ないってことはやっぱりそういうことだ。

「怜奈、最近全然休んでなくない? 大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! それより今日仕事終わったら焼肉行こうよ〜!」
「今日繋心さんがご飯作ってくれてるから無理」
「またですか!? わたしも行く!」
「絶対ダメ」
「ケチ!」

 友達のゆかりが地元の高校でバレーを教えている若いコーチと結婚して、ちょっとむかつくくらいラブラブなのはもう周知の事実だ。ゆかりが仕事で早くても遅くても文句なんて言わないし、コーチの方が帰ってくるのが早いと時々ご飯を作ってくれるらしい。出来た旦那さんだなあ。コンマ数秒で断られたことに少し腹が立ったけど、まあそんな幸せそうな顔を見せられちゃねえ。溜息を吐きながら誰か焼肉一緒に行ける人いないかなあとiPhoneを開いてみた。でも勿論今行きたい人≠チていうのは限られてる。

「…お酒飲みたい」
「は? え、なに、珍しくない?なんかあった?」
「疲れてる」
「じゃあ少しくらい仕事量減らしなよ。売れてるのは良いことだけどそれは体あってこそなんだから」
「分かってるってば〜もう…」

 本当はちょっとだけゆかりに相談したかったんだけどな。連絡していいか、ダメか。ってこと。わたしの中ではダメだって分かってるんだけど、…やっぱり他の意見も聞いてみたいし。
 ポケットの中に入っていた間食用のグミを取り出して口の中に放り投げて、大きな溜息を吐き出しそうだった口を閉じる。そうしてゆっくりと飲み込んだ。好きな人がいるって、なんかいいなあ。今まで考えたこともなかったのに、ピンク色みたいな思考が頭の中に埋まっていく。…蛍の好きな人って、一体どんな女の子なんだろうか。

「やっぱり今日怜奈変だよ。早く帰ってちゃんと寝たら?」
「はあ〜…分かったよ…」
「……あーもう、分かった。ちょっとまって」

 腰に両手を当てた後、ゆかりが吐いた息を全部出してiPhoneを取り出した。急に誰かに電話? そう思っていたらそのまま誰かに電話が繋がって、柔らかい声で話し始める。へえ。そんなカワイー声で誰と喋ってるのかなって思ってたら、電話の向こうから「連れてくれば?」って聞こえてきた。ん? ほんと何の話ししてんの?

「…ん、うん。ごめんね。じゃあ今から連れて帰るから」

 画面の真ん中を押した彼女の電話が全部終わったらしい。よく分からなくて首を傾げたまま固まっていると、「行くよ」って急に首根っこを掴まれた。行くってどこに。むしろあんた、コーチがご飯作って待ってるんじゃなかったのか。

「繋心さんが怜奈も一緒に連れてきていいよって。わたしになんか相談あるんでしょ」
「え…」
「早く準備してよー」

 いっつもツンケンしてる癖に、こうやって偶に優しいから好きなんだよなあ。鞄の中に楽譜や資料を詰め込んで、スティックケースを肩にかけると、扉の前でわたしのことを待っているゆかりを追った。…でもなあ。わたしの話しを第三者には聞かれたくない…。


―――


 二人の愛の巣はめちゃくちゃ綺麗なマンションだった。外見はちょっと古いけど、リノベーションでもしているのかもしれない。シンプルな家具周りは、バレーボールのトロフィーやゆかりが取った昔の新人作曲賞とか、その他色々が光っている。そんなリビングで出されただし巻き卵や秋刀魚の塩焼き、豆ご飯が完全に主婦すぎてびっくりしている所。これ本当にこの金髪ヤンキーの旦那さんが作ったの?

「口に合わねえか?」
「イヤッ! めちゃくちゃ美味しいです!」
「そりゃよかった」
「繋心さん、わたしあとやるから、」
「話あるから来てんだろ? 全部やっとくって」

 高収入とかそういう感じには見えないけど(失礼)スパダリですか? ゆかりの頭をそっと撫でて、妻にしか見せないだろう顔で優しく笑うのを見るとなんだかこっちがドキドキしちゃう。
 いいなあ。結婚って、好きな人いるってこんな感じなの? 秋刀魚の身をほぐしながら二人をじっと見ていると、ちょっぴりピンクになった頬っぺたを隠したゆかりが気まずそうに笑った。

「…いいねえなんか」
「怜奈、ほんとどうしたのよ」

 目の前に腰を下ろしてきた彼女に、幸せいっぱいだということを思い知る。その後ろにある写真立てに、ささやかな結婚式を行った二人の顔が写っていた。

「……ん?」

 その横の、一回り大きな写真に見知ったような顔が一つ。いやいや待てよ。洗い物をしている彼がバレーボールのコーチやってるのは知ってる。ついでに蛍がバレーボールやってるのだって知ってる。でもそんなことってある? 全国大会か何かのそこに、コーチと、…眼鏡をかけたぶっきらぼうな、

「‥蛍、?」

2018.08.26