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 どちらかと言うと、大きなステージより小さなステージの方が好きだったりする。見てくれているお客さんとかファンとか、どんな風に見ているのかがしっかりと確認できるから。

「外の出待ちすっげーな。過去一じゃね?」
「怜奈、また相手頼むわ」
「ごめん今日は先に帰るから!」
「「「は?」」」

 だけど今日はちょっとだけ違った。いつもみたいに見ている人がどんな表情をしているのかなんて気にする余裕があまりなかったように思う。出番の直前に届いた蛍からのメールに、普段とは違う温度が身体の中を駆け回っていたような。

終わったんで、そっち行きます。頑張ってください。

 頑張ってください、なんてもうファンの子にしか言われていない。メンバーにそんなことをわざわざ言う必要がないし言われる必要もない、身内に至っては「もっと売れなさいよ」とぴしゃり、ごもっともなことを言われてしまう。なのに、口数の少ない失礼極まりない蛍にまさか頑張ってください、だなんて言われるとは。純粋に嬉しい言葉だ、これは。

 ばたばたと使用していたものを機材車に詰めて、頭にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げるメンバーを残したまま裏口から外に出た。裏口とは言えやはり出待ちの巣窟で、我先にと話しかけようとするファン、何かを伺ったままこそこそするファンが十数人。そうしていつもボーカル目当てでくる女の子の集団に捕まった。

「あ! 怜奈さん! お疲れ様です〜!」
「は〜いお疲れ! 今日もありがとー!」
「…あ、あの…他の人は…!」
「打ち上げだと思うから当分出てこないよん」
「え〜…一緒に写真撮りたかったのに〜…」
「遅くなっちゃうから早く帰りなね」

 可愛く化粧を施して、髪の毛をくるりと巻いて、身体から香水を振り撒いているそこは色んな匂いで少しだけウエッとなりそうだ。でも、多分メンバーに好かれようと必死に粧し込んでるんだろうなあ。そう考えると数倍可愛く見えてくるから女の子って不思議だ。だがあいつらのどこがいいのか、うーん、わたしにはよく分からん。

「怜奈さん、今日マジカッケーっした、」
「ほんとー? どうも、どうも!」

 どこか緊張したような震え声にくるり。振り向いた先にいたのはやはり緊張気味の若い男の子だ。高校生…いや、大学生かもしれない。髪の毛が薄っすらと茶色に染まっているから、ああ大学デビューなのかなあなんてぼんやり考える。ファンの子をそう何人も覚えているわけではないけど、見たことがない感じだった。

「もしかしてSのライブ初めてだった?」
「!」
「…というよりライブハウスが初めてっぽいね」
「は、はい、」
「ふは。初々しいな〜。どうでしたかね?」
「マジ、超ヤベーッす!!」
「ぶっふ、」

 マジ、超、ヤベー。
 まさに今時の若さを表すような単語に思わず吹き出すしかない。それぐらい興奮してくれたんだなと純粋に嬉しくて、つい頬も緩む。少し早口気味に、ありったけの言葉を被せてくる若い男の子の瞳はキラキラしていて眩しくて。ああ、蛍もこのくらい表情豊かだったらもっと面白いのになあ。…って、何急に蛍の顔を思い出してんだ。

「また来てね!」

 そんなわたしの言葉に顔を赤くした男の子はぶんっと首を縦に一回振った。大満足、そんな顔だ。なんというか、冥利に尽きるっていうのは多分こういうことを言うんだろう。改めてそれを実感して足取り軽く蛍が待っているであろう場所へ走る。次こそはライブに来てくれないだろうかと思案していると、近くのコンビニ、の隅っこの影で、僅かな段差に長い足を放り出してiPhoneを弄る彼の姿があった。

「蛍!」
「ちょっと、バレますよ。近くにまだいるんでショ」
「大丈夫大丈夫! ちょっとコンビニで着替えてくるからもうちょっと待ってて!」
「時間ないからこれでも羽織っててください」
「え? うわっ、でか!」

 でろり。背中にばさっとかけられた長いそれは黒い学ランで、お尻まで隠れそうな長さだ。流石蛍、身長の高さは伊達じゃないということか。てかこれ後ろから見たら下穿いてないみたいじゃない?

「で、どこ行くか決めてるんですか?」

 高校生に学ランを貸してもらう日がくるとは思っていなかったせいか、妙にドキドキしてしまうのが悔しくて勝手に袖を通したりしていると、ぼすりと強めに掌が頭の上に落ちる。おーいだからわたし歳上ね。どこ行くかなんて決めてないですよ、歳上ですけど!

「蛍は何食べたいの?」
「なんでも」
「じゃあとろろご飯の美味しいお店行くか!」
「…予約とかは」
「顔パス!」
「それ僕不味いんじゃ…」
「あのお店の月見とろたま飯めちゃくちゃ美味しいんだよ〜! あーやばいお腹減ってきた!」

 人の話聞けよっていう暴言聞こえた気がしたけど無視無視。それよりもなんか自分じゃない良い匂いが学ランからするんだけど、これは蛍の匂いなんだろうか、それとも柔軟剤だろうか。…これが蛍の匂い…? そう考えたら急に恥ずかしくなってきて、通していた腕を引っこ抜いた。わたし男子高校生の制服に何興奮してるんだ。変態か。違うぞ、わたしは断じて違う。

2018.01.08