×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -







選択






 わたしが「冨岡さん」とやらに運ばれた先は、蝶屋敷と呼ばれる建物だそうだ。そしてここで目覚めた日傷の手当てをしてくれたのが、目の前でわたしの脚の具合を診てくれている胡蝶しのぶさん。一体ここがどういう場所なのかという疑問は五日経った今でもあまりよく分からないが、中で働いてくれる人達は随分と良くしてくれた。特にアオイちゃんは傷の回復を早められるようにと毎日部屋を訪れてくれて、一日二回揉み療治を施してくれる。…それがとんでもなくめちゃくちゃ痛いっていうのは、もう言い飽きたところだ。


「そろそろ完治で問題なさそうですね」


 いつもみたいに薬を用意して、にこやかに笑ったしのぶさんはそう言った。そろそろ完治。…ということはつまり、ここにいる理由がなくなるということである。いや分かっていた、そんなことは。わたしは助けられて、治療を受けていただけ。それが終われば、あとは勝手にするしかない。だけど、ここから離れたところで行き場所がない。「明日一日様子を見て問題なければ大丈夫です」という言葉にも「有難うございます」と返すことができなかった。

 ここから出ることになったらどうしようか。折角完治した身体でそんなことを考えなければならないのは中々に苦痛だった。こうやって生きているのだから、母を探したい。…もしかしたら探すだけ無駄、なのかもしれないという思考にはならないように、拳をぐっと握り締めた。しかし母を探すにも、身を置く場所もなければ金もないわたしが色んな場所へ行くことはできない。出来ることならばここにいさせてほしい。アオイちゃん達のように、いやそれ以上に雑用だってなんだってこなすから。だけど結局、考えたところで言葉にしなければ意味はないのだ。


「なまえ。身体を休めている間、考えることはできましたか?」
「考えること?」
「身寄りがない貴女がこれからどうするかについてです」


 まるでわたしが今何を考えていたのか分かっていたような口ぶりだ。話すだけでは暇なのか、机の上に広げ始めた医療器具を綺麗な布で一つ一つ丁寧に拭き上げているしのぶさんは背筋が震えるくらいに綺麗で、そして少し恐ろしい。
 言ってみても大丈夫なのだろうか。素性も分からないであろうわたしがここに残りたいという意思を伝えるなんてことを。そして、できることならまだ母を探してみたいという意思を。


「…できることなら、ここに置いてほしいです」
「成る程」
「雑用ならなんでもやります、炊事も、洗濯も、掃除も。皆が嫌という仕事でも、なんだってやります! …だけど、母のことが諦めきれない…次いででいいです、母のことも探しに行きたい、」
「申し訳ないのですが雑用なんて探してないんですよ」
「ッじゃあどうしたらここに置いてもらえますか…?!」
「育手≠紹介してあげます」
「そ…そだて…?」
「育手≠ニいうのは鬼殺≠フ剣士を育てる者のことです。母を探すことでまたなまえは鬼に遭遇するかもしれません。ですが鬼殺隊≠ニなれば鬼とも戦えるでしょう。険しい道となりますが‥母が生きてさえいれば助けられる」


 生まれて此の方、聞いたことのない言葉だった。

 鬼殺隊≠ヘ、政府非公式の組織であり、その起源は千年以上も前に遡るという。現在の構成人員は数百名を超えるらしい、非公式として唄われているにしては少々規模の高い集団組織だ。しのぶさんも鬼殺の隊員として日々任務にあたっているそうだが、まさか鬼を倒してしまうような人には見えなくて、だけど先程感じた恐ろしさはこのことだったのかもしれないと思わざるを得ない。他の人達がしのぶさんに敬語を使ったりするのは、要は彼女が自分達よりもずっと上の位の人だからだろう。…と考えると、もしかして実は相当凄い人なのではと、無茶を言ってしまった自分の口を思わず塞いでしまった。


「あら?」
「すみませ、わたしもしかしなくてもとんでもなく失礼なことを、」
「気にしないでください。それよりも、どうしますか?」


 どうしますか、と、今この場で言われましても。いや、しのぶさんから言わせれば、考えられるような時間は与えていたのかもしれない。


「断るも断らないもお任せします。ただ、断ればここに居ることはできませんし、断らなかったとしてもなまえはここから離れて育手の元へと向かわねばなりません。一つお伝えしておきますが、中途半端な覚悟で育手の元へは行かない方が賢明です。死にますので」
「死ッ…!?」
「今すぐ決めろとは言いません。また三日程お時間差し上げますので、その間に考えてみてください」


 ぽん、と肩を柔らかく叩かれたと思ったら、何かに気付いたしのぶさんは医療器具をそのままに部屋からふわりといなくなってしまった。

 なに今の、姿が突然消えた? 鬼殺隊の人達は皆そういうことができるの? わたしにできるようになるの? そんな人を超越したようなことが?

 混乱はどんどん加速していく。死ぬかもしれない、ではなく死にますので、と言われてしまったら母を探す云々のことではなくなってしまう。
 なれるのだろうか、わたしが、鬼殺隊の一人に。