×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -







新たな日々の為に殺せ






「にしても想像より随分地味な奴だな」


 屋敷の中に案内されて、大広間みたいな所に促された所まではよかった。ここで一体なにを尋問されるのだろうかと思っていたのに、綺麗な着物に着替えた彼の口から飛び出した言葉に思わずびしりと顔の右側が固まってしまう。初対面の癖に「地味」だなんて、だれが聞いたって褒め言葉ではないのは明らかだ。どこを見て地味だって言ってるんだこの人。全く、知りもしない人様の家だからって粛々と正座なんてするもんじゃなかった。


「で。冨岡にここにくるように言われたって?」
「そうですけど…」
「なんか理由聞いてねえのか。俺の所であった理由ってのは」
「そんなもんわたしが聞きたいですよ」
「お前誰に向かって口聞いてんだコラ」
「いたたたた!!」


 まるで当然かの如く、伸ばした手の指で左の頬を抓られた。人の頬はそんなに伸びないのを分かっている筈なのに、ぐいぐいと引っ張る力はかなり強い。

 宇髄天元。音柱。派手好きで、二刀流の剣士。嫁は三人いるが、現在はとある任務の為に屋敷にはいない。…が、彼本人から聞いた嘘偽りない情報だった。いや嫁が三人ってなんだ、頭沸いてんのかな。そう思ったけれど、さらに頬を抓る指に力が入りそうだったのでやめた。そうして数分問答無用で引っ張られた後、わたしの顔を見て小馬鹿にしたように笑った宇髄さんは、突然懐に仕舞われた小刀を手渡してきたのだ。


「ほらよ」
「…いや、これなんですか?」


 渡されたその小刀は、まるで彼を映しているかのような派手な作りで出来ている。宝石が散りばめられたみたいに、角度を変えると虹色に光った。どういうことなのかとゆっくり鞘から引き抜けば、鈍く光る鋼に自分の顔が見えて。…本物だ、誰かを殺すことができる道具だと直ぐに悪寒が背中を駆け巡っていく。でもそれを何故わたしに預けようとしているのか理解ができない。そんな様子を見てまた彼は笑う。「そんなに分かりやすく物怖じすんなよ」と、やはり馬鹿にしたようにだ。


「こいつで俺に傷を一つ付けてみろ。そうすりゃ取り敢えず認めてやる」


 にいっと口角を上げた宇髄さんが、わたしの手から鞘を抜いた小刀を奪い取っていく。次いで出て来た言葉は、とてもじゃないが理解に苦しむものだった。
 いや、今この人なんて言った? 宇髄さんにこの小刀で傷を一つ付けてみろ? 今しがた会ったばかりのこの人に刃を突き立てろと? そんな頭のおかしい行動出来る人がいるの? …いるから言ってるの? いや、この人なら確かに出来そうだけど。ってそうではなくて!


「は。…は!? なんでそんな…いや、出来る訳ないですけど!」
「いや拒否権ねえだろ。つーかそもそもお前に傷付けられるような俺じゃねーんだ馬鹿」
「意味分かんな、…矛盾も矛盾過ぎる!」
「俺にはお前みたいななんの力もねえ奴の考えてることくらい手に取るように分かるんだよ。だけど万が一にでも傷付けることができりゃあ俺がわざわざ手を掛けて育ててやるっ言ってんだ。有り難えだろうが」


 ほれ、と、人を殺したこともなければ刺したこともない手にまた小刀が渡る。だから、そんなこと、急に言われても。

 確かに私は、母を襲い、お鶴さんや雛菊さんを殺した鬼を憎んでいる。そしてその憎いという感情のままに立ち向かえば、鬼を斬り付けることは可能だとも思う。なのにその感情を柱である宇髄さんにぶつける意味、とは。人に刃を向けるだなんてそんなこと、どう頑張ったって難しい。だけど目の前のこの人は、笑い顔を引っ込めることなくわたしの手の小刀をじっと見つめていた。「ホラ、早くやれよ」と言わんばかりの目。いや寧ろ、わたしには彼がそう言ったように聞こえたのだ。
 いざ刃物を持ち力を込めようとした所で、血に濡れた事などない真っさらな手はぶるぶると震えるだけだった。いくら「傷付けろ」と言われたところで「分かりました」と有言実行できる奴などいないだろうから。

 だけど宇髄さんが言いたかったことは、時間がじわじわと過ぎていくに連れて少しずつ理解ができるようになる。「そんな生半可な覚悟で俺の所に来るんじゃねえよ」と言いたいことも「中途半端な気持ちで剣士の門を潜るな」と言いたいことも全部。わたしの覚悟が足りなかった、彼の、柱としての彼等の圧をこの身に痛いほど感じるしかなかった。


「やれねえならさっさと去ね」


 多分この人はわたしが出来ないと踏んで意地悪を言ったのだ。鬼を目の前にしても、きっと倒すことができない。言われても出来ないならもう使い物にならない。つまりわたしは「剣士として機能しない」ということを、たった此れだけで見透かされてしまったのだ。
 違う。違うの。本当に母親の仇を討つ、その気持ちは嘘じゃない。覚悟はもうあの時から既に出来ていた筈ー…

 拳に力がこもって、火を噴いたみたいに熱くなる。その日初めてわたしは、人の肌を自分の手で裂いた。温かな鮮血を流す腕は、そもそも逃げる気なんてなかったのだ。わたしを試す為に差し出しただけ。「派手にやりやがって」と零した宇髄さんは、まるで「同志だな」とばかりに悲しそうだった。