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昇格が難しい仮面のあの子は


「力。俺の目を見て。隠さずに話してくれ」
「なんだよ…怖いんだけど」
「最近彼女という女神か天使が出来たのか、否か」

 また何を言い出すのかと思えば、急になんなんだ。…と、田中と西谷の方へと首を動かせば、いつも以上に至極真面目な顔が二つ並んでいた。なんだこの圧。流石の俺でもちょっと怖い。ギラギラと光る目と、何かを言いたそうに震える口。彼女という女神なんているもんか。つーか顔近いんだよ。

「悪い俺そっちの趣味はないんだ田中…すまん」
「は? ってバカ! ちげえし! 俺もそっちの趣味なんかねえし! 俺の心には常に潔子さんがいるんだ!」
「そりゃ大変だな」
「つーか龍も俺も結構真面目な話してんだからはっきり、彼女がいるのか! いないのか!」
「いやいないけど」

 西谷も田中も、一体何を根拠にこんなことを聞いているのだろうか。よく分からないが、二人とも何か思うところがあるらしい。じゃないとこんなことを聞いたりしないだろう。顔の近い田中を押し退ける西谷も顔が近い。もうすぐ部活始まるぞって言おうとしたら、今度は後ろから声がした。やっぱりその人も俺を呼んでいるらしく、その声の主がOBであり俺達の練習相手をしてくれていた澤村さんだと分かった瞬間、二人を無視して立ち上がった。

「逃げるのか力!」
「澤村さんに呼ばれたんだよ」
「いってらっしゃい!」

 澤村さんの名前を出せば大人しく引き下がってくれるのは有難い。とは言えまだ視線はぐさぐさと刺さってくるが、今は気にしなくていいか。

 そういえば俺は、結局苗字さんから連絡を聞けずじまいでいる。あと一歩だと思うのだが、その一歩が中々の強敵だった。今日も何度か試みようと思ったが、自分が思っているよりもずっと意気地無しらしい。もうちょっとこう、さらりと「連絡先よかったら交換しない?」くらい言えればいいんだけどな。…なんか今の言い方すごい軽い男みたいだ。なしなし、今のなし。

「…と言うわけで、すまんが頼むな」

 澤村さんに呼ばれた理由は、少しだけ澤村さんのお使いをしてきてほしいから、だった。今日は谷地さんが委員会で、マネージャーには頼めず、かと言って一年は色々不安だからと俺に白羽の矢が立ったらしい。わざわざ頼むようなことでもないんだけどと言われたが、どうやら俺がギラギラした男二人に絡まれていた一部始終を見られていて、それを解放させる為に声を掛けたのだとかなんとか。・すごい。男の俺でもうっかり惚れてしまいそうな理由である。頭を下げ、そのままお金を預かって近くのドラッグストアまで急ぐこと数分、見覚えのある姿に、ふと足が止まった。

 一応部活中。…分かってる。でも、同じクラスだし声を掛けるくらいだったら。でも。頭の中でイエスとノーに分かれた俺が言い合いをしているのが分かる。どうしようかとゆっくりこっそり距離を詰めていると、ぐるりと身体がこちらを向いた。

「あ、……縁下君」

 私服、初めて見た。青色のワンピースに、白のカーディガン。可愛いか可愛くないかって聞かれたら、断然可愛い。全体を目に映した瞬間「うわあ」って言いそうになったのは絶対に秘密だ。制服と私服じゃあ、全然いつもと雰囲気が違う。ドギマギしてる俺に、絶対気付かないでほしい。ついでに言うと、たった今イエスの俺が、ノーに勝った瞬間である。

「こんな所でなにやってるの? 買い物?」
「コロの餌買いにきたの。なくなっちゃったから」
「そっか」
「縁下君はどうしたの、部活やってる時間なんじゃなかったっけ」
「買い出し中」
「ああ…成る程、そうなんだ」

 腕に抱えている少し多めの荷物がそれらしい。毎回なくなる度にこうやって買いに来ているのか。…そんなの連絡くらいくれれば俺が一緒に行くのに。って、いや連絡先知らなかったんだった。…そうか、それだ。このタイミングが一番聞きやすい。

「苗字さん、携帯持ってる?」
「持ってるけど」
「連絡先教えて。俺もコロの買い物一緒に付き合う」
「…え、でも」

 ふと俺の格好を見て、瞬時に口を閉じた苗字さんは何秒間か間を溜めた後、はっきりと首を横に振った。え、ちょっと。なんか今すごい否定されなかった? 俺になんて連絡先なんか教えたくないとか、そんな感じ? 待って、すげーショックなんだけど。持っていた澤村さんからのメモがひらひらと床に落ちていくのに気付いた時には、苗字さんの姿は既に俺の後ろだった。…いやよく考えれば分かることだったのかもしれない。元々から人との馴れ合いは好きじゃなさそうだったし。いやそれよりも。…俺は皆より少しだけ特別なんだったって思ってしまっていたのが、恥ずかしくて悲しかった。

「うわーー……なんなの…俺…」

 ドラッグストアを入ってすぐの所で、かなりの深手を負ってしまった。残念ながらその傷に効くような薬は、ドラッグストアにだって販売していない。

「…はぁ……、」

 どうやったら上手くいくんだろうか。彼女ともっと距離を詰めるには。

2018.12.13
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