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他人から昇格する為の行動を


 俺が今現状頑張っていること。勉強、と、今まで以上に部活。主将になったからには、お手本に、澤村さんのように皆の土台でありたいと思っている。攻撃も守備も、「縁下がいれば間違いない」と無意識に思ってもらえるように。三年になった西谷や田中は頼もしさこそ相変わらずだが、こと勉学に関しては変わっていない。受験だってあるし変わってほしいのは山々だが、俺がどうこう言うよりも現実を分かってくれれば大丈夫だろう、…と思っている。

 あともう一つ。苗字さんと連絡先を交換したい。その為に一日に三回以上話しかけるように心掛けている。それが功を奏しているのかどうか分からないが、目が合えば僅かな会釈をしてくれるまでにはなった。…会釈よりも、普通に挨拶してほしいくらいなのだが。

「最近」
「ぐっ」
「え、まだ何も言ってない…」
「いやっ、ごめん、なに?」

 いつもみたいに、いつもの場所に座って二人で昼の弁当を口にしている所だった。まさか苗字さんから話しかけてくれるなんて思ってもみなかったから、驚いて芋が気管を塞ぐ。慌てて咳き込むと、その口から放たれる言葉を待った。「最近、」なんだろう。…俺、特になにも変なことしてないよな…?

「コロがたくさん餌食べるようになったから、身体が大きくなった気がする」
「ん? …うん?」

 どうやらただコロの話しをしようとしていただけだったらしい。…そりゃそうだよな。今の今まで、一度も俺の話になんかなったことないもんな…。それ、なんか悔しいし、偶には俺のことも何か聞きたいって思ってくれればいいのに。
 箸で掴んだコロッケの端が、ぽろりと落ちた。餌を食べていたコロの目がそちらを向いて食べたそうに近付いてきたが、油物はあんまりよろしくはない。抱え上げると前よりもちょっと重くてやっぱり大きくなったらしいことが分かった。それだけ苗字さんと過ごすようになって時間が経ったのだと、少しだけ感慨深くもある。

「縁下君がここに来るようになってからコロすごく食べるようになった」
「え、そうなの?」
「…嬉しいのかもね。男の子同士だからかな」

 前言撤回。…コロの話だけど、半分は俺の話じゃん。ナニソレ、…すっげー嬉しいんだけどどうしよう。ごくんとコロッケを飲み込んだ音が大きく響いたけど、そんなこと気にしていられない。ほんのり笑ってるその顔。こっち、…こっち向いて笑ってほしい。コロじゃなくて、俺の方向いてから。

「苗字さん、」
「え、なに」
「そのままこっち向いて」
「は?」

 ふわっと振り向いた苗字さんの顔は真顔に戻っていた。いや、分かっていたことである。呼ばれれば絶対に戻ると思っていたけど。…けども、なんかこうあるだろ。ちょっとの希望みたいなの。折角良い顔してたのにって結構残念で、肩を落としたまま今度は白米を口に入れようとした。だけど、ショックが案外大きかったのか、また地面に米粒がポロポロと落ちていく。俺、そろそろ苗字さんにこっぴどく怒られるんじゃないだろうか。「作ってくれた食べ物落としすぎ」とかで。そういうの厳しそうなイメージあるもんな…。

「…っふ、落としすぎ…」

 ぴたり。ティッシュで落ちた米粒を拾おうとしたら、堪えきれなかったような声が耳元に届いた。「っふ」って空気の抜けたような音。今笑った? 絶対、今、笑った、…よな?

 慌てて顔を彼女に向けて動かして、笑った顔を目に焼き付けようと思った。柔らかいコロの頭に手を置いたまま、くすくすと控え目に笑う顔は眉毛が少し下がって、いつも一文字に閉じている口元の両端がくい、と上がっている。ぶわあって風が吹いたみたいな、自分の中では結構な衝撃だ。こういう所、皆絶対知らないだろ。いや、というかぶっちゃけ言うと知らなくていい。…こんなに可愛い顔、俺だけが知ってればいい。

「そんなに落とすとコロが食べちゃうじゃん…ふふ」
「もう一回、」
「え、何が?」
「もう一回笑って」
「い、ぇ? な、何言ってんの、」
「ぶっ」

 困惑したような変な声を聞いたのも初めてだ。取り乱す≠チていうこともあるんだなと思ったら、苗字さんが改めて本当に普通の女の子なんだなってちょっと感動してしまう。いやそんなこと知ってたけどさ。…知ってたけど。

「…なんで笑ったの」
「いやごめん。なんでもない」
「もういい。これもうあげない」
「へ? ……え、なに、あげないって」
「この間ポテトサラダもらったから、ゼリー持ってきたけど。…あげない」
「待って待って欲しい、」
「あげない」

 袋の底から出てきたそれは市販のゼリーだ。他意はないことくらい分かってるけど、それでも少しドキッとする。馬鹿みたいに分かりやすい、ハートの形のそれに。

「お願い。謝るから頂戴」

 折角俺の為に苗字さんが持ってきてくれたのだ。そんなの欲しいに決まってる。差し出した手に乗せるかどうかを迷っている素ぶりをしていたけど、何度かゼリーと俺を交互に見た後渋々と言った様子で渡してくれた。

 一体どんな気持ちでこれを用意してくれたんだろうか。いや、冷蔵庫から適当に取ってきたんだろうけど、それを彼女が俺に≠チて考えて、というのが一番大事なことなのだ。

「…縁下君はそんなにゼリー好きなの」
「そうじゃないよ」

 そうじゃない。…でもその理由は言わない。君が俺のことを考えながら持ってきてくれたそれが欲しかったんだよ、なんて、…声に出すのって勇気いるだろ?

2018.11.25
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