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幸せに触ってみたいと思った


 昼休み。やっぱり教室に彼女はいなかった。本当は何処に行くかっていうのを観察したかったけど、担任の教師がそれを許してくれなかった。クラスの中でも真面目のグループに入っているらしい俺は、手伝いを任されて断れる程の人間にはできていないらしい。つくづくこういう性格は得がないんだなとふと思ってしまった。そんなことを考えながら、重い教材や資料が入った段ボールを資料室の端っこへと置いて、ぐるぐると肩を回す。体力があるとは言えど、こんな重い物を運ぶ機会にはまだ巡り合ったことがない。あー、手が痛い。

「縁下有難うな、これ賄賂」

 ぽんと渡された、チョコがコーティングしてあるクッキーの箱。賄賂だなんてこんなの賄賂にもなりゃしない。そんなことを言いそうになった口を閉じて、いただきますと小さいポケットに突っ込もうとした。入らないのは分かっているが、こういうのをあんまり誰かに見られたりするのは嫌だ。俺がそれ目当てで手伝っているみたいに見えるから。

「…そうだ」

 ぽつんと一人になってクッキーの箱をじっと見つめて思いついたこと。もしかしたらお昼休みに苗字さんがいる場所、分かったかもしれない。あの仔犬のことをふと思い出して、クッキーの箱を握りしめた。昼休みあと何分あるんだ、そう思って時計を探して、あと三十分あることが分かったらつい駆け出していた。そうか、俺なんであの場所で初めて会った時に気付かなかったんだろう。

 部屋に鍵を掛けて、職員室に返しに行って。クッキーの箱はこっそり隠したままその場を後にして。途中で影山と日向が窓の向こう側で喧嘩していたのが見えたけど、それを止めるのは俺の今の役目ではない。てかあいつらなんで顔合わせたらいっつも喧嘩してんだ? 意味が分からん。

「いた、」
「……またきた…」

 体育館の裏の影。やっぱりここだった。自分の直感を信じてみてよかったとほっと息をつく。屈んで例の仔犬に何かをあげていたが、こちらを振り向いてかったるそうに溜息を吐いてじっとりとした瞳がぶち当たった。…いや、分かってはいた。彼女のことだから絶対にまた「さっさとどっか行って」くらいは言われそうな気がする。だけど俺は屈しない。折角見つけたのに、ここで屈してなるものかとクッキーの箱を取り出した。

「?」
「一緒に食べない? 貰い物だけど」
「…なんで?」
「なんでって……一緒に食べたいから。クッキー嫌い?」
「………好きだけど」

 びっくりした。嫌いじゃないけど、とか、そういう問題じゃなくてとか言われるかと思ってた。まさか好きだけど、と言われるとは。ちらつかせた箱を見ていた苗字さんは何かを考えていたらしいが、また大きく溜息を吐いてそっと隣のスペースを空けてくれた。…なんだこれ、ちょっと感動する。素っ気ない彼女が少しだけとは言え俺の為のスペースを空けてくれたのだ。今までだったら絶対に「帰って」って言ってたはずなのに。

「コロにはあげないで」
「大丈夫だよ、分かってる。はい」
「……ありがとう」

 はぐはぐと餌を食べるのに集中している仔犬の頭を撫でていた手と逆の手でクッキーを掴んだ彼女は、そのまま口元にそれを持っていった。さくさくと音を立てるそれを飲み込んで、そして何を思ったかじっと俺の目を見てくる。何か言いたいことがあるのかと思ったら、そのまままた視線を戻してしまった。

「何かついてた?」
「いや。…変わってると思って。本当に何しにきたのかわかんない」
「苗字さんここにいるだろうなと思ってさ。いつもお昼いないだろ」
「質問の答えになってない」
「仔犬も気になってたし。コロ、だっけ」
「…コロはわたしの家の近くに捨てられてた仔犬。前も言ったでしょ、うちでは買えないからって。わたしがいつも来る場所は学校しかないから。雨も風も避けるとこはいっぱいあるし」

 餌がなくなったコロは、見慣れた彼女の隣に見知らぬ俺の姿があることに驚いたらしい。ぴたっとロボットみたいに止まって、苗字さんにべったりと張り付いた。そんなに吃驚しなくてもと驚いたが、それだけ彼女にだけ慣れているということなのか。とても動物好きそうには見えなかったけど、多分俺が思っている以上に動物が好きなのかもしれない。

「縁下君は犬好きなの?」
「え? あ、…うん、普通に好き」
「なんか飼ってる?」
「今は飼ってはないかな。昔は柴犬飼ってたけど」
「同じ」
「ほんと?」
「わたしも柴犬飼ってた。すっごい可愛くて、ずっと一緒にいた。老衰で死んじゃったけど」
「そっか」
「だから理由があれどこういう風に捨てる人達が嫌い」

 べったりと張り付いたコロは次第に俺と視線を合わせながら、恐る恐ると近付いてきた。信頼のおける彼女と喋っているから、もしかしたら大丈夫なのかも? と思ったのかもしれない。そっと手を伸ばしてみると一歩後ろ足が下がったけど、彼女の「大丈夫」という言葉に安心したらしく、大人しくしてくれた。

「…縁下君は怖くないみたい」
「本当? ならよかった」
「よかったねコロ」

 ふわ、とまた笑った。俺に対してじゃないのは分かっている。でも、人間というのは欲張りだから、今度は俺の前でもそうやって笑ってくれればいいのにと思う。

「…、」
「なに」
「いや、なんでも」

 あっぶね。…そうやってさっきみたいに笑ってほしいと、口に出そうだった。

2018.09.22
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