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裏側に見えたささやかな幸せ


 苗字さんって実はどんな子なんだろうって興味を持ち始めて早数週間が経った。声をかけようと思っても中々タイミングが掴めなくて、結局聞いてみたいことは一度も聞けていない。あの仔犬とどこで出会ったのかとか、動物が好きなのとか。席は遠いし、接点なんて全くなかったけど、今はどうしても話してみたくてたまらなかった。

「おーい席つけー。出席取るぞー。で、」

 そうして今日も、何事もなく一日が始まる予定だった。いつも通りの時間に来た担任の先生の声を聞いて席について、一限目なんだったっけな、と机の中に手を突っ込んだそのタイミングでごほんと咳払いをした先生が、ちらりと教室内を見渡してにやにやと顔を緩め出したのだ。新婚生活を始めたばかりの先生だったから、もしかしたら昨日良いことでもあったのかもなんて、…若干気持ち悪いとか思いながらぼんやりしていると、教卓に数冊のノートを打ち鳴らして顔を上げた。

「お待ちかね、席替えだ!」

 えっこのタイミングで?
 月初めでもなければ季節の変わり目でもない。なのになんで今? だけど、俺のクエスチョンマークの思考とは裏腹に周りのクラスメイトは急にどよめき出して、そして歓声をあげたりブーイングだったりを繰り返していた。どうやら一週間前、先生はとあるクラスのグループに席替えをしてくれということを頼まれていたらしい。理由は単純に前の席がやだとか、後ろがいいとか、たったそれだけのこと。それで、小テストの成績が良ければなとかそういうことを言ってしまったが為に、今回の席替えなのだという。俺も中途半端な位置だから、もう少し後ろだったら嬉しいなと思う反面、席替えなんて面倒くさいなと、そう思っていた。

「……うげ」

 ガタガタと隣で机を鳴らした人物が、そう声を出して近付いてくる足をぴたりと止めるまでは。




▼△






「苗字さん……うげってどういうこと」
「…別に、その通りの意味」

 俺の方を見向きもしないで、机の中に手を入れて教科書を探しているらしい。ちょっとくらいこっちを見てくれてもいいのに。そう思いながら顔を覗き込もうと少しだけうつ伏せになると、ぎろりといつかみたいな冷えた瞳とぶつかった。だから、その顔怖いっつーの。もっとこっちを見て、ちゃんと目を見て話したいのにそうすることができないのがもどかしい。

「こっちを見て話さないのにはなんか理由があるのかな」
「話すことなんてない」
「俺が話したいんだよ」
「……なに」
「だからこっち向いてって」
「しつこい、」

 イライラしてなのか、段々とちらちらこちらを見る回数が増えてきた。よし、いいぞ。なんて思っていたのも束の間、大きく予鈴が鳴った。じいと見ている横顔から分かるのは、目を大きく見せている長い睫毛とか、ちょっぴりふくれた涙袋。やっぱり女の子だよなって考えていたら、机の上にすぱんとノートを机に叩いたような音が響く。もちろん盛大な音を立てたのは苗字さんで、物凄く不機嫌そうな顔を出し惜しみもなく晒していた。

「…の、」
「え?なに?」
「わたし、…………人見知りなの」
「は?」

 思わず出た声に慌てて左手で蓋をした。なに? なんて? 人見知り? 苗字さんが? 人見知りなのに、ほとんど喋ったことない相手にそんなつっけんどんにするの勿体無さすぎないか? 前髪の間からこちらの様子を伺う瞳が見える。その視線に合わせようして下から覗いてみると、驚いたのか大きい目がさらに大きくなった。

「…っふは、目が大きくなった」
「揶揄われるの嫌い」
「ごめん。でも喋れば普通なんだな。いつもなんにも話さないし冷たいから、皆勘違いしてるよ」
「…一人の方が楽だから」
「そんなことないと思うけど」
「しつこい」
「うわっ」
「縁下君、……ほんとしつこい」

 ふいと視線を逸らして、担当教科の先生来てると一言だけ告げて前を向いてしまった。げ、本当に来てる。慌てて机の中から教科書とノートを出していると、慌てた拍子に机の上から自分のシャーペンが苗字さんの座る椅子の下に転がっていく。ああ、それ取ってくれないかな。前を見据えて微動だにしない苗字さんに視線という圧を送ってみると、指先がふるりと震えて溜息の音がした。

「…見た目よりずっと普通なのは縁下君も同じだよ」
「それどういう意味?」
「真面目だから、わたしみたいなのとは関わらないような疎遠な人だと思ってた。…結構話したがりみたいで意外」
「話したがりって訳じゃないんだけどな」

 話してみたいと思っただけだ。苗字さんという人に興味があるだけ。ただそれを言えばもっと小難しい顔をされそうだから言わないけど。

「これ、取ってくれてありがとう」

 ただお礼を言っただけだ。なのに、また大きく目を見開いた直後、頬っぺたが少しふにゃんと崩れたのを見逃さなかった。…そんな顔もするんだ。お礼を言われたことが小っ恥ずかしかったのかむぐぐと口を締めているけど、そんなのもう全部気付いてるよ。周りの女の子みたいにもっと笑えばいいのに。そうすればクラスメイトともたくさん仲良くなれるだろうに。そのままふいとそっぽを向いてしまった彼女と、少しずつでも近付いてみたいと思った。

2018.09.07
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