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あの子の仮面の裏側について


 昨日のことが気になってしまったせいか早く目が覚めたので早めに朝練に来てみた。…ら、案の定一年の脳筋バカ二人組はすでにジャージに着替えて体育館の外に居た。お前らいつもこんなに早くから来てんの、一体どこで着替えてんの。鍵開いてないけど。…でもそういうところは見習いたいと思う。鍵を管理しているのはいつもだったら俺だけど、今日は西谷に預けている。ああ、…ということは俺もバカだな。

「縁下さん! チワース!!」
「チワス」
「お前ら鍵開いてないの分かっててこんな時間に来てるのか?」
「もし開いてたら体育館が勿体無いじゃないですか!」

 成る程そういう思考になるわけか。苦笑いが出てしまったが、分からなくもないような気がする。部室も開いてないから結局俺も二人に付き合って立ち往生して、西谷が来るのを待った。

 この二人は何もすることがなくてもずっとバレーの話しをしているようなバレー馬鹿だ。三度の飯ならぬ三度のバレーを楽しみに生きてると言っても過言ではない。どこから仕入れてきたのか分からない他校の話しを盗み聞きしてみると、攻撃や試合の組み方をああでもないこうでもないと真面目に話し込んでいるらしい。影山はもとよりあの猪突猛進だった日向の頭の回転の速くなったこと。もちろんバレーボールに関してのみだが。一年の時こそ本能的に動いていた日向は、二年に上がって考えるという力がついたように思う。驚異的な運動能力を持った日向に、更に考える思考という力がついたら、それを知らない他校は更に恐怖だろう。それにプラス、冷静な影山という相棒がいれば尚更に。

「…おっ、お」

 会話の真っ最中に、影山がふと視界の奥に何かを捉えたらしい。変な声を出して微動だにしないその姿に、俺と日向も釣られるようにそちら側を見た。…ってそっちは昨日、苗字さんがいた場所だったはず。どうしたんだろうと思っていたら、小さくて汚れた仔犬が怯えた様子でこちらを見ているではないか。いやいや…にしても、なんでこんな所に仔犬が。ここ、学校だぞ?

「仔犬だ!」
「小せえな…」
「こらこらそわそわするな影山」

 意外と動物が好きらしい影山は、酷く悪人面した顔を浮かべてじりじりと仔犬に迫っている。一応言ってはおくが、あれは影山の最大限頑張った笑顔である。あまり認めたくはないが、精一杯の笑顔。だがそう思っているのは影山だけだろう。側から見れば悪人顔の、そんな顔を見せられて、仔犬の方は黙ってはいられないらしい。後ろ足を僅かに引いて、何度かきゃんきゃんと鳴いた後にさっさと草むらの陰に隠れて消えてしまった。そりゃそうだ。人間でも吃驚されるぞそんな顔。

「ゲッ! おい〜影山〜お前顔こえーんだよさっきから! もっとこうニッとできねーのかニッと!!」
「あァ!? してんだろーがニッと! お前がすたすたなんの警戒もなく歩いて行くから逃げんだよ!」

 責任転換も甚だしいが残念ながら紛れもなく影山のせいだ。…とはちょっと可哀想で言えなかった。本人に悪気はないし、しょうがないと言えばしょうがない。俺は一歩踏み出して、消えてしまった仔犬を探して隙間を覗き込んだりしてみたが、結局見つからず。

「おーいお前ら、何やってんだー?」

 そのうち鍵を持った西谷も現れて、仔犬探しは一旦そこで打ち止めになった。体育館の鍵を開ける前から日向と影山が喧嘩をしていたから、困惑気味になりながらも西谷が二人の首根っこを掴んで体育館に放り投げていた。「そんなに元気が有り余ってんならレシーブ練しようぜ! お前らスパイク打て!」って、レシーブ練をするのは西谷なのか。

 仔犬の件が気になったけど、朝練が始まってしまうからそんなことは気にしていられない。部室で着替えて小走りで体育館へと向かった。…だけどやっぱり仔犬が気になってしまう。ちょっとだけさっきの場所に顔を出してみようか。あんなに汚れてるってことは、多分何も食べてないのかもしれないし。ってあげられるものは何も持ってないけどさ。

「…コロ、どこ?」

 いつの間にか先約がいる声がして、ぴたっと足を止めた。こんなに朝早くに部活生だろうかとも思ったけど多分違う。この声、聞いたことある、昨日も確か。「コロ」という単語を聞いて何秒後かに仔犬の鳴き声がしたから、もしかしたら飼い主なのかもしれない。いやでも、こんな所で飼うっておかしいよな?
 気付かれないように壁側からこっそりと覗いてみた瞬間、俺はそのままひゅっと息を止めてしまった。

「ごめんね遅くなって。お腹空いた?」

 汚れた体をわしゃわしゃと撫でる姿は昨日と同じ人物だ。苗字さん、まさか昨日もあの仔犬に会いに来る為に? 誰とも関わりたくなさそうなのに、いつも俺達には興味がないそぶりしてるのに。鞄からこっそり出したドッグフードを持ってきた新聞紙の上にばら撒いて、嬉しそうにがっついて食べる仔犬の頭を撫でるその顔は、多分誰も見たことない顔だ。緩んだ頬っぺた、大きな目。その目はじっと仔犬を見つめている。

 笑った顔が凄く可愛い女の子はたくさんいると思う。でも、今のはなんか違う。自分でもびっくりするくらい心臓が跳ねたのが分かった。

「おおーい力ー! 早く来いよ!」
「おいっバカ…!」

 タイミングの悪い大声だった。それに気付いたのは俺だけじゃなくて、仔犬を可愛がっていた彼女だってそう。さっきまでの笑顔を一瞬で封印したと思ったら、物凄い冷たい瞳とぶつかった。

「……また縁下君」
「ご、ごめん…あー、…その仔犬って」
「言わないで。…捨てられてたけど、…わたしの家じゃ飼えないから」
「捨て犬?」
「内緒にして」

 分かった? って、無言の圧だ。さっきと顔違いすぎだろって言いかけて飲み込んだのは、やっぱり面と向かってみると怒っているようにしか見えなかったから。

「…内緒にするよ」

 日向と影山見ちゃったけど、まあそれは言わなくてもいいか。仔犬に手を伸ばして撫でてみると、少しだけ怯えているような様子だった。あんまり人には慣れてないらしい。それか、慣れられなくなっているのかもしれない。それでも苗字さんが手を伸ばせば嬉しそうに尻尾を振って、もっととせがんでいるように見える。それを見て笑っている苗字さんの顔をもっと見ていたかったけれど、そろそろ行かないと流石にまずい。

「コロって名前? いつもここ来てるんだ?」
「もう来ないで。人が集まるとバレる」

 ああ…そう言う人だよな。知ってたけど。俺との会話になった瞬間笑顔が消えるのはどうにかなんないだろうか。…勿体無い。

2018.08.22
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