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逃げないで、こっちを見て、俺


 そよそよと吹く風は、どこか生温いばっかりだ。冷やしてほしい心と体は、全く涼まない。さっきから十五分程、苗字さんはお弁当とコロに夢中で、全然俺の方なんか向いてくれやしないのが不服である。…あと少しで昼休み終わっちゃうんだけど。ぶすくれたように膝に手を置いて一人と一匹を眺めていると、ポケットの中でがさりと音がした。

 あ、さっき上野さんから貰ったポッキー。
 すっかり忘れていた。主に苗字さんのせいで。

 甘い物、やっぱり好きなんだな。そういえば、食べ物の好みとかそういうのちゃんと聞いたことなかったっけ。上野さんは女の子だし、同性同士、なんでもないことを聞くのはきっとお手の物だ。ポッキーの袋を取り出して、苗字さんの目の前にチラつかせてみると、ぴくりと反応した彼女の顔がこちらを向いた。頭の上にぴょこんと耳でも生えたみたいに見える。数秒後、はっとして俺の顔を見るや否や、「なんでポッキー持ってるの」って言いたげな顔を浮かべていた。

「これ、上野さんから」
「え、そうなの?」
「一緒に食べてねって言われてさっき貰ったんだ」
「いっしょ……って、縁下君と上野さん、仲良いんだ…?」
「俺じゃなくて苗字さんと上野さんが仲良いんだよ」
「…ふうん」

 じと、と俺の顔を確認したあと、「本当に?」って何度か念押しされて、ポッキーの袋を受け取ってくれた。俺と上野さんのことを聞いていたのか、はたまた本当にポッキーがわたしにくれるものなのか、どっちのことを聞いていたんだろうか。分からないが、ぴり、とポッキーの袋を破った所でほっと息を吐いた。

「さっきの続き、いい?」

 ぽりぽり。一本丸々食べ終わったところで、俺はチャンスだとばかりに口を開いた。しつこいから、もう、…その続きだ。それを忘れていましたと言わんばかりに苗字さんの目が丸くなって、そして右手で顔を仰いでいる。

「…言いたくないってば」

 ぽそ、と呟いた声に、俺はええ、と首を傾げるばかりである。さっきまであんなに威勢がよかったのに、その威勢をどこに置いてきてしまったのか。

「言いたくないって…俺すごい気になるんだけど」
「忘れていいです、忘れてください」
「無理だろ」
「無理じゃない、頑張れば出来るよ」
「頑張ることでもないと思う」
「…縁下君のこと、大っ嫌いだったらよかった」

 衝撃。同時に心臓を抉られた。
 …いや、でも待てよ。大っ嫌いだったらよかった≠チて、それはつまり、そういうことでは? 抉られた心臓が回復して、次第にどくどくと音を立てる。ああ、もうそれ以上は言わなくても大丈夫。全部ちゃんと分かったよって、今度は俺が狼狽する番だった。

「気付いたらもう好きだったもん」

 さあっと、綺麗な緑色の葉っぱが目の前を通り過ぎた。赤い頬っぺたがピンク色になって、ちらりと視線がこっちを向く。いつの間にかコロは大人しく苗字さんの足元でお座りをしていて、「さあ、お前も言ってみろ!」と目線で訴えている。…ように見える。
 じわりじわりと汗が出てくる。返答なんてとっくの昔に決まっているのに、まさか言ってくれるなんて思ってなくて、改めて俺になんの準備も出来ていなかったことを思い知らされた。どうやったら伝わるか。そんなの、たった二文字だけでも伝わるのに、それだけじゃあ心許なくて、頭の中をぎゅるぎゅる回転させて言葉を探しまくった。

「…ほら、だから言いたくなかったのに」
「待った、そうじゃない」
「そうじゃないってなに、」
「俺、苗字さんが俺のこと好きって言ってくれた以上に苗字さんのことが好き、と言いますか…」
「? …!?」
「…ごめん、先に言わせるつもりなかった」
「な、なんの冗談、」
「冗談じゃないよ」

 両腕を開いて、若干ずつ後退る彼女を捕まえて、腕の中に無理矢理招き入れた。暖かくて、びっくりするくらい良い匂い。今まであった距離感なんて全くない。硬直しているのを逆手にとってきゅうと力を込めると、やっと理解が追いついたのか、もぞもぞと腕の中で動くのが分かった。…残念。だけど、もう逃す気なんてない。こんなに可愛い女の子、もう俺が離す筈がないじゃないか。

「苗字さん、熱い」
「…だと思うなら離して」
「嫌だよ。絶対嫌だ」
「縁下君ってやっぱり変だ…」
「変じゃないけど、…でも今嬉しすぎてよく分かんね」
「…わたしのこと、好きなの?」
「好きすぎて笑けてくるくらい好き」
「なあにそれ」

 ふふ。笑い声が小さく聞こえてくる。でも、恥ずかしいのかちっとも顔を上げてくれない苗字さんは、ずっと下を向いたままだ。…見たいのに、赤くなった顔とか、照れてる顔とか。

「…顔上げてほしいんだけど」
「嫌だよ。絶対嫌だ」
「それさっき俺が言った台詞…」
「もうちょっとだけこうしてる」

 そう言われて「ダメ」って言える男いないだろ。
 ポッキーの袋の中身はまだたくさん残っている。早く食べ切らないと。…そう考えることができたのは、予鈴が鳴る一分前のことだった。

2019.03.28
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