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触れた理由が聞きたいんだよ


 インハイの予選、俺達の第一試合はあっという間に訪れた。最初こそ気になっていた筈の苗字さんのことは頭の外へと飛んでいて、まずは一戦やり遂げることからだとチームを鼓舞してコートに立つ。今までだってこんなに心臓を震わせていることなんてない。頼もしすぎる仲間達に、緊張という言葉はもう出てこなかった。

 新しくなったチームは、申し分なく良いチームだ。前回に負けず劣らず、個性的な新一年生と、今まで共に戦ってきた新二、三年生。去年のインハイ予選では見当たらなかった烏野高校の応援団は、初っ端から威力を発揮中。日向と影山のコンビは、仲の悪さと一緒にレベルがグレードアップ、矛と盾の月島と山口に、エーススパイカーと化した田中、言わずもがな守護神・西谷。成田と木下も、戦力を一気に上げてくれる大切な要員だ。

「ナイスカバー!」

 影山はそう叫んだ後、ちらりと俺に目配せをした。成る程、田中は今一年生が取り損ねたボールを追いかけたまま、位置的には助走に戻れないであろう。日向や月島は、さっきから走りっ放し。俺にトスが上がるのは最善の結果なのだろう。

 俺は昔、逃げ出した。練習の辛さから、怒声から、遣る瀬無さから、…それを全て踏ん張りながら挑み続けていた、皆から。

「縁下さん!」

 十一対、十九。この一点を決めれば、取り敢えず二十点台。いつ見ても美しく上がるトスは、影山の芸術作品に近いものだと最近特に感じている。俺が一番打ちやすくて、ブレのないトス。だけど、決して甘えを許さない高さ。腕を振り下ろすと、右の奥のライン上に決まって、「ナイスコース!」と湧き上がる二階席。ばしっと叩いてきた田中の馬鹿力が痛いけど、気分は良い。当たり前だろう、今スパイクを決めたのは自分なのだから。それでもライン上がまぐれだったのは自分でも分かっている。まだまだだな、と考えていると、影山がすっと手を挙げた。

「すげぇ良いコースでした」
「影山もナイストス」

 ぱちん、と手を合わせると、悪人みたいに笑う影山に噴き出した。プレイスタイルは最初の頃と随分変わったが、笑い方は一向に硬いままである。だけどそれが影山らしくて安心する、…と、特に何も考えていないままなんとなく上をふと見上げる。そしてばちりと絡んだ視線。まるで「ずっと見ていました」とばかりにびく、と体が動いたように見えたが、…苗字さん、一体いつから二階席の最前列に居たんだろう。試合が始まる前はいなかったのに。

 が ん ば っ て

 ぱくぱくと大きめに動かされた口。俺と目が合ったのが分かって動かしたんだろう。本当に頑張って、と言ったのかは分からないが、なんとなくそう言ったように見えた。対して受け答える訳にもジェスチャーをする訳にもいかないので、首を一つ縦に動かすだけで視線を元に戻す。…すごいな。たったあれだけの、たった一瞬のことだったのに、燃えていた炎が更に勢いを増したのだ。良い意味で火に油。構えて下げた腰に、ぐっと力が入った。

「サッコーイ!」

 空気が震える。気合いは勿論最初から入っていたが、彼女のおかげで割り増しだ。俺は決して主役ではない、だけどチームを支える存在でありたい。あの日のような、緊張を大声にしたような音は出なかった。その代わりに真っ直ぐとこちらへ飛んでくる、随分ゆっくりとしたボールが見えた。





▼△






「あれ凄かったな、あんな強烈なサーブ取るなんて力が大地さんに見えたわ!」
「大地さんの化身だな!」
「なんだよそれ…」

 十六対二十五。相手チームに一人強烈なサーブを打つ選手がいたが、無事に初戦は快勝。田中や西谷が騒いでいるのは、その選手が打ってきたサーブを俺が受けた時、つまりつい先程の出来事だった。誰もが受け切れないであろうと思ったサーブに対し、俺が立ち位置をすぐ変更して見事受け止め、影山のベストポジションへ上げていたことが余程驚いたのだろう。…自分の中では何が起こったのか正直さっぱりだった。随分スピードが遅いなとも思ったし、驚くくらい体も身軽だったから。面にボールが当たった時は羽根が触れたのかと思うくらいに軽くて、そして現実味がなかったような気がする。

「確かに今日の縁下さんはなんかいつもと違ってましたよね」
「月島までそういうことを…」
「コートの中を冷静に見過ぎてて逆に怖かったです」
「それ喜んでいいのか?」
「だと僕は思いますけど」

 どうやら褒められているらしいことに気付いたら、なんともコメントし辛くなった。「だよな!」と話しを広げる輪の中に入るのはなんとも恥ずかしいような気持ちになって、そっとお手洗いへと席を外す。…俺でもこんなに変われることが出来るのか。さっさと尻尾巻いて逃げていたような俺でも、チームの力になることができる。

 でも、なんで、今日はあんなに、

「縁下君、」

 皆から離れてお手洗いに向かう途中、少し離れた場所から俺の名前を呼ぶ声がした。首に掛けていたタオルで汗を拭きながら振り向くと、二階席で見た苗字さんが人を掻き分けながらこちらに向かってくる様子が見える。…珍しい、そんなに必死になっているなんて。誰も周りにいない所を見ると一人で来たのだろう。制服で来ていたのか。…そうして平常心とばかりに、俺はタオルで口元を押さえ込んだ。

「お疲れ様、すごかった、初戦快勝おめでとう、」
「有難う。無事次に進めるよ、応援心強かった」
「…あの、がんばって、って、ちゃんと届いてた?」

 目線が下に下がって、小さくて消えそうな声はなんとかギリギリ聞こえていた。がんばって、って、あれか。口パクで動かしていたやつ。勿論、ちゃんと伝わっている。…もしかしたらそのおかげで、俺の中の何かスーパースイッチ%Iなものが切り替わったのかもしれない。

「うん。ばっちり」

 ぎゅうと握り締めている手に触れたい。そう思っていた俺の手は、彼女の真っ黒で綺麗な髪の毛に触れていた。ぱ、と上げた彼女の頬はじわりと赤くて随分複雑な顔だ。

「縁下君…」
「なに?」
「あの、髪、」

 どうして触れているかって?
 じゃあどうして君は、あの時俺の左手を掴んだの?

2019.03.16
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