×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


手懐けたいのは只のタテマエ


明日部活ある?

 苗字さんからそんなラインがきたのは、朝から夜までみっちり部活をしたとある三連休の二日目だった。明日と言えば、朝から夕方まで部活のある、三連休最後の日ということで。つまり夕方以降だったらいつでも動ける時間帯だ。制服のシャツに着替えようと左手にそれを掴んだまま、右手にスマホ、そして、氷になったみたいに動かなくなった俺。…の背後で誰かが動いた気配がした瞬間、思い切りスマホの画面を下にしてロッカーの奥へとぶん投げてしまった。

「なんだよどーした力」
「いや…虫がいた気がして…それより田中、背後に立たないでくれ吃驚するから」
「いや俺が吃驚してんだけど…」

 ロッカーの奥で悲しそうに転がっているスマホをそっと手に取って、画面が割れてないか確かめた。もう一度苗字さんから来た内容を確認したかったが、まだ田中が俺の様子を見ているようだったので今は出来ない。早く向こうを向いてくれよ、と念じたところで田中には届かないだろう。

 今のご時世メール≠謔閧熈ライン≠フ方が圧倒的に使用者が多い筈だが、苗字さんはメールしかしたことがなかったらしい。先日の連絡先交換でラインの使い方や登録の仕方を教えたのは俺で、初めてラインを交換したのも俺。そもそも連絡先自体を交換したのが初めてというのだから、なんにせよ俺が¥奄゚ての人なのだ。…なんかそう言う言い方はイケナイコトをしているみたいである。

 思っているよりずっと、彼女は俺のことを友達だと思っていてくれているらしい。少し前であれば、俺が彼女のパーソナルスペースにずけずけと入って来ようものなら物凄く不快な顔で押し返されていただろうが、今は土足で踏み荒さない程度なら全然受け入れて貰えていると思う。それどころか、ちょっと腕を広げて待っていてくれるような感じもする。言い過ぎかもしれないけど、そのくらいは慣れてきているのだ。まあ、それも多分だけど。

「おーい力、いつまでサポーター付けてんだよー。そのまま帰るんならさっさと坂ノ下行こうぜ」
「悪い、先行ってていいよ。すぐ着替えて行くから」
「ヘイヘイ〜。あれ? ノヤは?」
「さっき日向達と外に出て行った気がするけど」
「オイコラノヤ!」

 バタバタと部室から出て行く田中を見送って一つ溜息。新しく入ってきた一年生達の挨拶に受け答えてさらにもう一つ溜息。やっとのことで一人だけになって、ロッカーの奥にぶん投げたスマホをやっと操作することに成功した。周りを確認した後ゆっくりとホームボタンを押してみると、もう一件ラインが来ていることに気付く。それもまた苗字さんからのものだったが、その内容は無理はしなくていいけど≠ニいうことだった。待て待て、そんな、無理だなんて訳あるか。早く否定をしないと今度はやっぱり一人で行く≠ニ言われかねない。それはまずい。

部活夕方までだから大丈夫。待ち合わせしよう。それとも迎えに行った方がいい?

 必死過ぎると思ったけど、そんな俺の焦りなんか彼女には微塵も伝わらないんだろうな。そう思ったら少し寂しかったけど、いやその前に。なんで俺、仲良くなろうとするのにこんなに必死になっているんだろうと急に冷静になった。

 第一に、いつの間にこんなにも彼女に固執するようになったのか。最初は興味本意だった癖に、気付いたら目で追いかけている、話しかけている。普段笑いもしないのに、時折だけ見せてくれる頬っぺたの緩みに小さく心臓が音を立てているのを、…もう俺は、そんなのをなんとなく分かっていて。

「……マジか」

 考えれば考える程心臓の音は少しずつ大きくなる。最初の淡い何かは、確実に形を成していた。興味≠ゥら友人≠ゥら、そしてその次に異性に対してステップアップするものと言えば、それは恋心≠チてやつだ。

 俺、苗字さんのことが好きなんだ。

 しっくりきたその言葉に納得せざるを得なかった。だってそう思ったら意外とすんなり「そうだったのか」って腑に落ちたし、何処かで分かってはいたんだろう。誰もいない部室で胡座を掻いたまま、制服のシャツで顔を覆う。好きって、すげー恥ずかしいけど、ちょっと気分が浮いてしまうくらいには幸せである。その気持ちがこの後どうなっていくのかは分からないが、少なくとも今は。

「わっすれーものぉッんのしたさん!? どうしたんですか!?」
「……見ての通りだから」
「…? タオルないんですか? 俺の貸しましょうか!」
「いや、いい、」

 日向は俺の様子を伺っているのだろうか。後ろの辺りで「あった! 危ねえ!」なんていう声が聞こえてくるが、出て行く気配はまだ、ないらしい。

「…あ! 分かりました! 打ち足りないんですね!? 俺もです!」

 的外れだけど取り敢えずそういうことにしておこうか。苦笑いを浮かべて顔を上げると、「やっぱり!」と楽しそうな日向が見えた。まさか今から体育館に行きましょう、だなんて言い出さないよな?

2019.02.02
prev | TOP | next