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「ラッシャイー」

 店内は非常に混み合っている。春も終わり、いつの間にやら暑い夏へと突入していた。華金とは言え流石に多くないか。まあ、稼げるからいいんだけどと、注文を受けたビールジョッキを二つ持ってホールへ出る。今日はちょっと遅くなりそうな予感だ。

「クロ君それ終わったら二番テーブルの食器全部下げてきて、次のお客さん待ってるから! あとお客さん案内したら次の料理すぐ持ってってくれ!」
「了解です」

 ここのところ授業だサークルだと忙しい毎日を送っている。バイトに来るのも少し久しぶりで、いざ来てみたら夏向けの新しいメニューが増えていた。商売繁盛は良いことだが、中々に高回転でキッチン側が若干の混乱状態。…とは言え新しいメニューが増えているのに久しぶりの俺がキッチンを手伝える訳もなく、料理を待っているお客さんの様子を見ながら対応のフォローしているのである。現在時刻は二十一時前。恐らく少しずつ客足も減ってはくるだろう。帰ったら風呂入ってすぐに寝ちまうかもしんねえなあ。

 おぼんにこれでもかと食器を乗せて運んで、待っているお客さんの案内をする。そのまま若鶏の唐揚げが乗った皿を三つ持って、どんちゃん騒ぎになっているオジサン達のテーブルの中心へ。その中の一人は常連さんで、いつも隠れてお小遣いなんて渡してくる人だ(店長にはこっそりもらっとけって言われた。多分お金の計算が面倒くさくなるから)。

「お〜黒尾君久しぶりじゃないか〜! ワハハ、飲むか? ん?」
「飲みたい気持ちはあるんですけどね〜流石に怒られちゃうんで、伊藤さんが俺の分まで楽しく飲んでくれると嬉しいっすね」
「口が上手いな〜! そうやって女の子も口説いてんだな? 俺も嫁と出会った時はだなあ…」

 あ、また始まった。伊藤さんの奥さんを口説き落とした昔の栄光話し。やべえこれ長くなりそうだ。そう思ったけれど、近くにいた伊藤さんと同じ歳くらいの人が助け舟を出してくれてなんとかその場から逃げることに成功。めちゃくちゃ酔ってんなあ。やっぱ華金だからか?

 最近苗字さんと会えていない。多分時間帯的にちょっとすれ違っているのだろう。隣から生活音みたいなものはちゃんと聞こえてきてはいるが、夜遅いことが多いから会えないんだと思う。にしても連絡先だって教えたのに、あれからというもの連絡の一つもない。ちょっと…いや、ちょっとどころかだいぶ期待していたのにあれは一体なんだったのか。夢か? そう思っても自分から連絡できない辺り、俺も結構な小心者である。ちゃんとお礼もしたいとか言ってたのに(いや最早お礼はどうでもいい)。

―――


 バイトが終わったのは日付を少し超えた辺りだった。片付けをして着替えて、ちょっとだけ雑談をして帰路に着く。今日はどうやら苗字さんは寝ているらしい。その証拠に隣の電気が消えていた。あーあ、なんて思いながらスマホに手を伸ばしメールを確認していると、現在部屋の電気が付いていない苗字さんからのラインが一件入っているではないか。

「…!」

 慌てた拍子に手からスマホが落ちかけて、危うくコンクリートで画面を割るところである。青春なんてとっくに過ぎ去っただろうと思っていたのに、心臓が馬鹿になったみたいにばくばくしているのは気のせいなんかじゃない。タップした先に見えたのは「今日はもう寝ちゃいましたか」という、約三十分前の苗字さんからの連絡だ。

「…寝てっかな」

 数秒悩んだ挙句、その悩んでる時間さえも惜しいと思った俺はすぐに電話をかけることにした。非常識かもしれない。というか初連絡がこの時間なのも気にかかる。取り敢えず出なかったらラインにするか、とちょっと淡い期待を込めつつそう思った瞬間である。苗字さんの方から電話がかかってきた。

『黒尾さん助けてください』

 どこか個室にいるかのような反響した声。そうして発せられたのは酷く強張った声色だった。まるで誰かに聞かれたらいけないとも取れる小さな声に、一気に背中が緊張する。

「…どうした?」
『お風呂場から出られない、いるの、』

 いるってどういうことだ。まさかお風呂に入っている間に泥棒でも入ったのか? …いやそれヤバイだろ。てかそれ、俺に電話する前に警察に電話した方がいいのでは? のんびり歩いていた足が急ぎ足になって、全速力でなる。早く助けなきゃ、そうして「すぐ行くから取り敢えず警察にすぐ連絡して」と小声で伝えると、彼女は震える声で「ダメ」と言った。

「じゃあ俺がするから」
『違うの、手のひら大の蜘蛛が部屋にいるの…!』
「…おお?」

 蜘蛛。…蜘蛛?