×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



order made!

SUMMER RIB KNIT





「よかったら、どこか食べに行きます?」なんて言われるなんてまさか微塵も思っていなかった。人生ってのはどこで何が起こるか分からない。声にも出せないまま縦に一度だけゆっくり頷いたわたしを見て、彼はほっと息を吐いて安心していたようだった。

「すみませんなんか…無理矢理付き合わせたみたいで…」
「いやっ気にしないでください! 俺も勝手に店選んじゃって…」

 少し歩いた先にあったラーメン店の暖簾を潜った理由は、東峰さんが「ここが結構美味しい」って言っていたからだ。だから、勝手に選んだなんてことはない。ちょっと狭いけれどカウンターに座ればなんてことはなくて、目の前にあったメニューに手を伸ばしてみれば「美味しい」という言葉通りに美味しそうな画像が並んでいた。どうやら豚骨がベースのラーメン店らしい。あっさりとこってりも選べて、中々に種類も豊富である。

「ラーメンお好きなんですか?」
「好きですね、残業で遅くなったりすると作るのが面倒でどうしても外食しがちになるというか、ラーメン食べたりとかはよく…」
「あー…すごい分かります。作る気力なくしちゃうんですよねえ…」
「同じく…」

 疲れ切った大人の会話である。大きく息を吐き出すと、タイミング良く東峰さんからも大きな溜息が聞こえた。お互い大変ですねと零せば、いやいやそちらこそ、だなんて受け答えが返ってくる。

 彼の会社では基本的に残業はしないようにと言われてはいるらしいが、それは時と場合によるとのことだった。今は丁度新人さんも慣れてきた頃で、でも慣れてきた頃だからこそ凡ミスも多いらしく、そのフォローにあたるのが二年目、三年目の社員さんなんだそうだ。余裕が出てくるとその分「できるから」となんでも認識しがちになって失敗する。それはもちろんわたしにも経験があるから納得だ。でももちろんそうじゃない子だっているし、何度言ったって失敗が続く子もいる。教える側ってのは、そういう所でどう指導していけばいいか考えるのが、また大変である。うん、分かる。

「…しかもこの間バイトの子から花粉症で声が酷いから休みます≠チて電話きたんですけど、でもめちゃくちゃ普通の声だったんですよね…」
「あー…同じようなことありますよ…お腹痛くて≠ニか言いながら後ろからパチンコの音聞こえてたりとか」
「休むって連絡するくらいなら爪甘くしないでほしいですよね!」
「本当にそう思います」
「豚骨ラーメンのバリカタ二つと餃子二人前ね!」
「あ、ありがとうございます」

 目の前に現れたラーメンの良い匂いが鼻をくすぐった。丁度良く話しのキリもよかったので、東峰さんの分の割り箸を手渡してぱちんと手を合わせる。いただきます! というわたしの勢いの良い声に、隣から突然吹き出すような笑い声が聞こえてきた。やばい、いつもの癖でつい、なんて口を覆ったものの時既に遅く、眉毛と目をふにゃふにゃと垂れさせた東峰さんが笑っている。ああ、その顔。わたしその顔、すごい好きだ。

「…東峰さんって笑うと可愛いですよね」
「グフッ!」
「だ! 大丈夫ですか!」

 麺を詰まらせて咳き込む彼の顔はちょっぴり赤い。あんまりそういうこと言われたりしないのかな? 仕事だとまた顔付きが違うのかもしれない。おしぼりを手渡して、半分程なくなっていたコップの中にお水を注いでいると、まだ詰まっているような声で「すみません」と謝罪する言葉が聞こえてきた。いや、むしろすみませんはわたしの方だと思うんだけど。

「言われないですか?」
「…むしろ初めてです、そんなこと言われたの」
「ええ、ギャップ萌えですよギャップ萌え」
「中学の頃からずっと顔が怖いって言われてたんで…吃驚しました…」

 いやすみません、最初は顔怖いなって思いました。…っていうのを言うのはやめておこう。「笑うと可愛い」という文面を理解しているのかしていないのか、恐らく後者だとは思うけれど、取り敢えずわたしの中でもう東峰さんは怖い存在ではないのだ。

 勧められたラーメン店の味はわたしも好みど真ん中で、東峰さんとちょっと似てるんだなあと思うと嬉しかった。緩やかに過ぎていく時間も全然退屈じゃなくて、無言の空気だって然程嫌ではない。暑くなってきてカーディガンを脱ごうとしたけど、下がリブのノースリーブだったこともあり、東峰さんからの二の腕への視線が気になって諦めた。時折間に入ってくるお店の店長さんらしきおじさんの声が煩かったけど、まあ、東峰さんが楽しそうにしてるところも見れたしいいかな、とか。その他色々。


―――


 そんなわけで、なんと小一時間もラーメン店にいたわたしと東峰さんは、おじさんにサービスだとか言われて差し出されたビールを一杯いただいてお店を出た。若干ふわふわはしているけれど、自転車を漕いで帰る気力は全然ある。…というか正直、まだ帰りたくないって思ってるくらいには寂しかったりして。

「今日は付き合っていただいてありがとうございました」
「こちらこそ。苗字さんすごい美味しそうに食べてくれるから…ここに連れてきてよかったです」
「だってホントに美味しかったですから! また来たいなあ」

 ふふふ。酒の力もあって、すんなり自分の思ったことを素直に喋ることができるのは良いのか悪いのか。名残惜しいけれど、多分一生会えなくなるわけではない。だって、ナギと西谷さんという繋がりさえあれば何かしらのアクションは起こすことができるのだから。

「あの…よかったら連絡先とか、交換しませんか?」

 楽観的にそんなことを考えていた頭の上に、突然の盥である。自転車の鍵を取り出しながら、明日が来ないでほしい〜と顔をもにょもにょとさせていたら、東峰さんが、…東峰さんが確かにそう言ったのだ。

 え、空耳? 違う? え?

 困惑しながらも無意識の行動とは凄いもので、ポケットから即座に取り出したスマホを向けるや否や「いいんですか!?」と即答した。頭の中と身体の動きが全く伴っていない。酔っているせい、にしておきたい。

「楽しかったですし、良かったらまたご飯行きませんか? ポロシャツのお礼もしたいですし」

 お礼だなんて、そんな。
 スマホを振れば簡単にお互いの連絡先を登録できるやり方でわたし達は始めて連絡先を交換した。顔がぽかぽかする。久しぶりに、心臓ばくばくしてる。

2019.05.22




BACK