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order made!

EYELET CARDIGAN





「まーじかーー!」

 よく行く飲み屋のお店の明かりが遠目から見ても暗かったから嫌な予感はしてた。でも、こんなに必死に仕事を終わらせたんだからまさかそんな訳ないだろうなんて高を括っていのに、まさかのお休みである。扉に貼り付けられた無情なまでの「マスター旅行の為、一週間お休みさせていただきます☆」という張り紙は、風でぴらぴらと揺れていた。ついでにアイレットカーディガンの隙間から通る風がなんだか冷たい。割とぼろぼろになっていた身体を奮い立たせた結果がこれか? 先に言っとけよ! って話である。もう遅いけど。ていうか星つけんな。

 という訳で、ふらふらと近くのお店を当たろうと思っていたが、なんとなく雰囲気が嫌というか、煩かったり路上で声をかけてくる店員の煩わしいことと言ったらなくて、完全に意識は「家へ帰宅」という流れへと移行してしまった。今家に帰ったって仕事のことしか考えられないから飲みに来て忘れようと思ったのに、それも出来なさそうである。

「さっきオネーサン叫んでたのなんで? もしかしてドタキャンされた?」

 よいしょ、と鞄を持ち直した所だった。近場においていた自転車の鍵を出しながら歩いていたら、気色の悪い低い声が聞こえてきたのだ。…っていうか、は? それ、普通聞く? 聞いちゃう? あんなに大声を出してしまったわたしが悪いとは言え。
 随分頭のおかしいやつがいるのはまあ放っておこう。そうやって無視を決め込んでいたのに、後ろを付いてくる声は中々離れていかない。鬱陶しいなと大きく溜息を吐いて、分かりやすく鞄の中から白いイヤホンを取り出した。

 さっさとどっかいけ。その思いに反して今度は「ちょっと待ってよ〜」と隣へ駆け込んでくる足音が微かに聞こえた。もう本当勘弁して、わたし今頗る機嫌が悪いんだから。疲れてるし、好きな飲み屋さんは一週間もお休みだし、さっきからしつっこいあんたのせいで!

「ヒッ」

 一発殴ってやってみてもいいかも。いや、怒鳴るだけにしておこうか。頭の中で色んな考えを駆け巡らせること数分かそれとも数秒か、急に恐怖に怯えるような声が聞こえたのはそれから直ぐだった。とうとうわたしの怒りに気付いたかと確信したのに、その確信は違っていたことに気付く。目の前で悠然と立ち尽くしていた(いや、そういう風に見えるだけかも?)のは、今日は試合をしている筈の東峰さんだったのだ。

「な、にやって、」
「苗字さんの友達……では、なさそう…?」
「えっちょ…試合は…?」
「終わって解散した所なんです。試合の運びがよかったので、かなり終わりが早まって…」
「そ、そうなんですか、」

 東峰さんのジャージ姿初めてみた。多分元々からオシャレが好きな人なのかもしれない。有名ブランドロゴのついた、確か限定色で販売されていたカラーブロックのフルジップパーカ。靴もスポーツ雑誌でよく載っている形のやつだけど、オシャレさんしか購入できなさそうな、色合わせが難しそうなマーブル柄。ほんの少し長い髪を緩く結んだ姿を見るのは初めてで、しつこかった男のことなんて綺麗さっぱり頭の中から飛んでいた。

「…大丈夫でした?」
「え、なにが、…アッ、アレッ?」

 そう声を掛けられてはっとした時、気付いたらもう男は既にいない。もしかしたら東峰さんがわたしの知り合いだと思って早々に立ち去ってくれたのかもしれないなと、安心して胸をなでおろした。
 …だけど、安心したと同時に襲ってくるのは緊張である。こんな疲れ切った顔を、しかももしかしたらキレ散らかしてた顔を見られてたかもしれない、最悪さっきの大声すらも。そう考えたら急に恥ずかしくなってきて、大丈夫でした? という心配してくれる声に応えることができなかった。

「苗字さん、なんか困ってたように見えた、…んですけど…もしかして余計なお世話でした…!?」
「そうではない、です、」

 助けていただきありがとうございました! と言うべき所を、ぱくぱく口を閉じたり開いたりして、意思とは違う言葉を吐き出してしまった。そうではないです、が、そうではない! 自分自身の渾身のツッコミが東峰さんにまで聞こえてしまいそうである。その時だった。

「「あ」」

 ぐー、とお腹の音が鳴ったのは、東峰さんの方だ。わたしじゃなくてよかったと心底思ったけど、油断していたらきっとわたしのお腹も鳴っていた筈だ。思わずぷっと噴き出してしまったが、逆に東峰さんの頬っぺたあたりが僅かに染まってたはは、だなんて笑うものだから、

「実はっわたしも、お腹空いてるんですよね、あは、」

 だなんて言ってしまったのだ。
 でもそれってやっぱ、軽く誘ってるとしか思えないよね?

2019.05.14




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