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order made!

GATHERED PANTS





「あれ? 旭さんの知り合いですか?」

 西谷さんの言葉に思わずドキッとしてしまったわたしに対して、目の前の大きな彼は眉毛を下げてふにゃふにゃと笑っていた。実は近くの服屋さんで働いてる人でね、から始まると、西谷さんはふんふんと頷きながら「へえ」と「そうなんすか!」を繰り返して笑う。隣にいたナギが「なにちょっと待ってなんのこと? 聞いてないんだけど」と耳打ちしてくるが、しょうがないのだ。わたしだって彼がこんな所でバレーボールの試合に出ているなんて思わなかったのだから。

「旭さんと知り合いなら説明不要ですね!」
「いやだから西谷、俺の話聞いてた…?」

 そう、まさにそれ。確かにちょっとだけ知っている人ではあるけれど、彼の名前は知らないのだ。もちろんそれは、お互いに。だから、説明不要という訳ではない。ユニフォームに少しだけ汗を滲ませている姿なんていうのも、見たことがある訳がないし。

「って西谷、もう時間ないよ、行かないと…」
「げ、やっべえ!」

 後ろにある時計を確認して慌て出した二人は軽くだけお辞儀をして、呆然とするわたしとナギを残し去っていく。なんかちゃんとした挨拶できなかったような。…特に、「旭さん」と呼ばれた裾直しの彼とは。

「…あんたに聞きたいことが山程できた」
「いやだから彼からのご説明の通りじゃん…」
「出会いを必死に探していた側でなまえがコワモテのメンズ見つけてたなんて許せない」
「それ多分失礼だから絶対言わないでよ!?」
「取り敢えず話しはあと。早く二階行こ!」

 館内に流れたマイク放送の音でナギは急かすようにわたしの鞄を掴む。そんなに急がなくたって試合も西谷さんも逃げやしないのに、必死になりすぎじゃないの? 呆れながらも、なんとなくピンク色になった彼女の頬っぺたに、なんか可愛い奴だなあと思う。付き合いが長くても、こと恋愛毎に真っ直ぐなナギには毎度の如く羨ましいという感情を抱くことができるのだ。

 熱気と大声と歓声の中に、先程の二人がいた。試合が始まってすぐに飛んでくるサーブには殺気すら込められているような気がして、背中につつつと冷や汗が流れていく。隣のナギは「夕君ナイスー!」だなんて人より煩いし、逆隣のおじさんなんて「最後まで走らんかあ!」って、ナギよりも煩い。ほんと勘弁してほしい。…なんて思いながら、わたしの視界に入っているのは主に「旭さん」だけだった。

「…あんなの受けたら腕折れちゃいそう…」
「そんな簡単に折れないよ、何言ってんの」
「折れる所が想像できそうじゃんあんなの…怖すぎ」
「はあ〜? まあいやだとしても? 夕君だったらちゃんとばしっと取れるんだよ、凄くない?」
「ねー、あんなに小柄なのにね」
「ちょっとダメだよ、攻めるなら私が振られてからにして」
「勘弁してよ…ナギと男の取り合いとかしたくないって…」

 おおよそ彼女と取り合いをして勝てそうな気もしないけど…と思っていたら、わたしとの会話もそこそこにまた前を向いて、西谷さんに向けて声を上げ始めた。

 試合中の西谷さんはさっき話した時とは全然違ってとても静か。だけどいざ得点を重ねれば、ぎゃあぎゃあと騒いでしまう所もある。特に「旭さん」が得点を決めた時は、とっても良い顔をしてハイタッチしにいくのだ。もしかしたら随分前から知り合いだったのかな。それか、身内? …いやそれはないか。ルールは見ててもよく分からないけど(ボールが落ちたら点数が入るってことくらい)、意外と面白いかもしれない。リレーが続くと尚のこと。

「なんかこんな真剣にバレー見ることなかったからさ」
「ね、結構面白いよね!」
「うん」
「時間あったらまた来ようよ。夕君も喜ぶし」
「そうだね。時間合えばね」

 よっしゃあ! ってガッツポーズをするナギは、バレーボールに興味というよりは九分九厘西谷さんに会えるという欲が占めている。わたしはどっちかというとバレーって見るの楽しいなっていう方への興味だ。あとは「旭さん」が、この間よりもついさっきよりも格好良かったから、活躍してるのをもうちょっとだけ見てみたいって思ったから。


―――


「ごめん苗字さん! もう売り場出てくれない!?」
「むふぉ」
「お客様結構多くて回んないんだよ〜! 品出しも間に合ってないからさ!」

 うっそでしょ。わたし今おにぎり食べ始めたばっかなんだけど。
 …とは流石に言えなくて、一つ分のおにぎりを口の中に無理やり詰め込んで、お味噌汁で流し込んだ。確かに今日はヤケに人が多いなあと思っていたのだが、どうやら近くでイベントが行われているらしく、そのついでに寄っていただけているそうだ。有り難いが、お昼が食べられないとはどういうことだ。

 先日ナギと行ったバレーボールの試合の後、飲みに行く予定は後日に延期された。理由は、どうしてもナギが西谷さんとご飯食べたい! って言うから、じゃあわたしは邪魔しないでおくよと空気を読んだからである。その辺彼女は素直なので「ほんと!?ありがとう!」って満面の笑みだったから、多分心のどこかで二人きりがいいと思っていたんだろう。まあ、その後どうなったのかは知らない。連絡も来てないってことは、多分わたしが介入してはいけないラインに踏み込んだのか、びっくりするくらい何もなさすぎて呆然としてるかのどっちかだ。

「こんにちは」

 というわけで、休憩室を出てすぐにお客様に捕まってしまった。男の人の声ー…ということは、シャツの採寸かズボンのサイズの相談かどちらかだろうな。新作のギャザーパンツについていた糸屑をぱぱっとはたき落として、「こんにちは」と聞こえた先へ営業スマイルをお見舞いしてやった。ざわざわした店内は、やはりとても忙しそうである。

「いらっしゃいま、せえ…」

 いや確かにおかしいなとはちょっとだけ思った。ちょっとだけだ。だって「こんにちは」って話しかけるってことは、普通顔見知りってことだろうから。それに気付いた時は既に遅く、相変わらず眉毛をハの字に垂れさせた「旭さん」が、若干気まずそうにわたしを見下ろしていた。

「あ…あれ、今日は随分お早いお越しで…?」
「ちょっと職場でお使い頼まれまして…同じ色のポロシャツ三十枚くらい見繕ってほしいんですけど」

 ポロシャツ三十枚。ということは。…カシャカシャ、チーン。仕事モードに入った悪い癖は見事に発動されて、「あ、今日売上余裕でいくじゃん」と隠れてガッツポーズをしてしまった。じゃなくて、そうじゃなくて。

「え…えーっと…職場近いんでしたっけ‥」
「車で二十分くらいですね」
「ええっ…わざわざありがとうございます、」
「いや、知っている方いた方が相談しやすいなと思って‥」
「そうですよね! あ、ご案内します!」

 急に現れるから、緊張して声が大きくなった。慌てた拍子に右足をつんのめってしまったの、見られてないといいんだけどな。

2019.04.02




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