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order made!

MERMAID SKIRT





 休みの日が過ぎていくのは、通常の倍以上に速い。それは社会人になって余計に感じてしまうことだ。ナギ達と遊んで、東峰さんと付き合って、そしてデートして。そんな濃い一週間は本当に一瞬で、気が付けばすぐに仕事が始まっていた。

「苗字さんお土産いただきまーす」
「どうぞどうぞ」

 社用のパソコンを使っている最中に、何回目かのお土産にお礼を言う声。わたしが休んでいる間に、お店の状況はあまりよくないものになっていた。品出しは追いついておらず、ディスプレイは新作のものに変更できていないまま見映えの美しくない店内は、ちょっと、いや、かなり買う気が失せてしまうだろう。
 新しい店長はまだまだ業務に慣れず忙しそうだ。まあ、そう簡単に慣れるものではないとは思うけれど。出勤後すぐのこそこそ話で、殆ど後ろに篭りっぱなしで自分のことだけで精一杯なのだと他の社員に聞いた。新人ながら大きな店舗を任されて、駄目になったからと規模の小さなこの店舗へ。重圧と責任で押し潰されたと思ったら、今度はもう期待されていないのかもしれないという一抹の不安もあるのかもしれない。大変だ、…そして、ちょっと可哀想だなって思ってしまう自分もいる。

「店長、あの」
「ごっごめんなさいちょっとあとでもいい? 在庫コントロールチームから連絡きてて、」
「あ、じゃあまたあとで声かけてください」

 売場の管理交代してもらわないと、わたし休憩に行けないんだけどな…。でも、目に見えて頑張ろうとしている人の邪魔はできなくて取り敢えず首を縦に振った。来週のマークダウン商品の確認、同時に入ってくる新商品の確認、在庫の少ない商品を他の店舗へ貰ってもらう依頼メール。…等々。やっておかないといけないことが店長の机の上に全部纏めて記載されてあるけれど、どれもチェックマークが付けられていないことに不安が残っているのだけれど。

「マネキンの変更、…あー、でもレイアウト先に変更しないと駄目か…」
「ごめん苗字さんちょっと」
「はい」
「返品対応変わってもらっていい? レシートないので返品出来ないって言ったらレジでごねてるみたいで」
「皆さん対応中ですか?」
「別件でクレーム対応入ってて、わたし今お客様二人掛け持ち接客中なの」
「行きます」

 何故ごねるんだ。レシートがないと対応致しかねます、という言葉だけで諦めて引き下がってくれればいいのに。出そうになった溜息を飲み込んで、なんだか騒がしいレジに向かう。休憩できなさそうだ。折角ちゃんと自分の分のお弁当を作ってきたのだけれど、食べれない気がしてきた。

「お客様、大変お待たせしております。店長代理の苗字と申します」
「なあこれ、買ったの昨日なんだよ、昨日。一週間以内だったら返品してくれるって書いてあるだろ? レシートは捨てちゃったんだけど、なんとかなんないの?」
「申し訳ございません。当店では一週間以内でもレシートがないと返品交換は致しかねます。こちらは店頭やウェブサイトにも記載がございまして」
「いやだから、そこをなんとかしてって言ってるんだけど」

 いやだから、じゃないっつーの。日本語通じてんのかこいつ。
 …という文句を飲み込んで抹消して、もう一度頭を下げた。けれど、目の前の頑なに諦めないおじさんはイライラし始めたのか眉間の皺がより深くなっていく。最初は穏やかだった声色が段々荒くきつくなり始め、そして隣にいたアルバイトの女の子が身体を硬らせて固まっていた。怖いんだろうなあ。けど、こういうのを許すと後々粘着されるパターンかもしれないと思うわけで。

「お前が出来ないんだったら他の奴呼んでくんない?」
「店長代理としてお伺いしておりますので、他のスタッフをお呼びしても同じ対応となります」
「お前さ、これいくらか知ってる? 三千八百円。たった、三千八百円。諭吉返せって言ってんじゃねえんだぞ。こんなのすぐ返せるだろうが!」

 つい「なんで三千八百円のもの買って一万返さないといけないんだ」とまた口に出そうになってしまった。逆にたった三千八百円と言うくらいだったらさっさと諦めてくれたらいいのに。
 本格的にヤバい奴だな、これは長くなりそうだ。長期戦になるのを覚悟して申し訳なさそうな顔を貼り付けると、何度も説得を繰り返して早く帰ってくれるように祈る。けれど、なんとしても返金してほしいのか全然折れてくれない。こんなことで時間を無駄にしたくないのに、なんなの、しつっこいな。他のお客様が怪訝な顔で見てるじゃん。ギャーギャー煩いんだってば。

「あの」
「え。……え?」
「俺も返品しにきたんですけど。…やっぱレシートないとダメですか?」

 突然わたしとおじさんの間を割り込むみたいに入ってきたのは、今日は出勤予定がなかったはずの本田君だ。こんなところでなにやってんの、と言おうとした口は、彼の視線で閉じてしまう。
 いやいや、その前に君返品交換のルールくらい知ってるでしょ? ここでバイトしてるのに。

「なんだお前、今俺がこいつと話してんだろうが!」
「俺もレシートないんでおっさんと一緒なんすけど」
「……はい。レシートがないと返品交換の対応はできません。レシートがないお客様は全て同様の対応にてお断りしております」
「だったらしょーがないですよね。俺はその説明だけで充分理解できるしもう帰りますけど、おっさんまだごねんの?」
「は」
「恥ずかしいっすよ。三千八百円三千八百円って。店内奥まで響いてましたけど」

 その瞬間、おじさんの顔が蛸みたいに真っ赤になって「こんな店二度と来るか!」と捨て台詞を残しお店を出て行ってしまった。おじさんの近くにいた年配のご夫婦や他のお客様が顔を見合わせて噴き出していたから、本当に店内に響いていたのだろう。

「…今日出勤だっけ?」
「まさか。社販しに来たんですよ。あ、返品交換とかする予定ないんで」

 彼の上司であるはずなのに、そんな彼に助けてもらったことが申し訳ないと同時に有難くてほっとした。多分、わたしなんかでは対処の仕様がなかったし、最悪「今回限り」とか言って対応するハメになってた可能性もある。

「ありがとう」
「そりゃ苗字さんが困ってるんですから」

 うーん。もしわたしが旭のことを好きになっていなければ、あともう少し歳が若ければ、もしかしたら好きになっていたかもなあ…なんて、今この一瞬思ったり思わなかったり。颯爽とメンズコーナーへと行ってしまった本田君の後ろ姿を見ながらそういえばと、旭と付き合いだしたことを言うべきか考えてしまった。

「いやでも自惚れてるとか思われたらやだな…」
「あのお客様は自惚れすぎです!」
「えっ。あ、いやそうじゃな…っていうか大きな声でそんなこと言ったらだめでしょ。他のお客様に聞こえたらどうするの」
「すみません…」

 慣れない気難しいお客様の初期対応、大変だっただろうな。未だ半泣きのままでいたアルバイトの女の子の頭をぽんと撫でると「本田君がいてよかったです」とほんのり頬っぺたをピンク色にさせていた。
 そうだね。わたしも、そう思う。

2022.01.14




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