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order made!

LACE SKIRT





 普段は毎日毎日マネキンをガンガン変えているからスカートなんて滅多に穿いてこない。だけど今日はちょっぴり気分が良くて、レイヤードのレーススカートなんて穿いてきてしまった。超女子力高め。トップスはメンズのデニムシャツ。

 昨日はホント良い日だった。時間通りじゃないパンツの仕上げを、怒らずに待っててくれたあのお客さん。慌てて試着室に飛び出して謝罪しようとしたら、「エッ、もう出来たんですか?」ってあの驚いた顔が可愛くて可愛くて。怖いと思っていたのに全然そんなことなくて、しかもへにゃんと頬っぺたが落ちるみたいな微笑みに心臓から根こそぎ全部やられてしまった。世の中があんな人ばっかりだったらきっと世界は平和になるのに。…まあそう上手くはいかないか。

「苗字さんスカートなの珍しいよね。もしかして今日デート? 珍しく早番だと思ったら〜」
「早番はわたしの希望じゃないです。彼氏もいません」

 職場の主婦さんは恋愛トークが好きな人ばかりだ。わたしがスカートを穿いてきたことにここぞとばかりに食いついて、わらわらと人集りができてきてちょこっと鬱陶しい。それでも追い払わないのは、主婦の皆さんがとても陽気で素敵な人ばかりだから。人が少ないから休みもあんまりないけれど、結構働くのは楽しい。もちろんそれは、元々この仕事が好きだからということもある。彼氏なんてここ二、三年いないから完全に仕事が彼氏状態だ。

「久しぶりに喫茶店行きたくない?」
「あ、行きたい行きたい! 苗字さんも行かない?」
「え〜行きたい! けど来週のレイアウト確認しないといけないので…コンビニ行ってきます…」

 職場からすぐ近くに、ランチが美味しいと評判の小さな喫茶店がある。値段もお手頃で、店内も女性が好きそうな雑貨や雑誌がたくさん並べてあるところ。わたしもそこの和風オムライスが大好きなんだけど、今日は外に出てのんびり食べている暇はなさそうだった。レイアウトが大きく変わるということは、もちろんビジュアルのディスプレイも変えないといけないということ。秋物の新作もたくさん入ってきているし、特に女性はそういうものに敏感だから。

「あんまり根を詰めちゃだめよ〜。ただでさえいっつも走り回ってるんだから」

 それは自覚しております。大丈夫大丈夫。三人でぞろぞろ休憩室から出て行く姿を見送って、誰もいなくなったのを確認するとやっと大きく溜息を吐いた。いやー根も詰めるよ。スピードあげないとこの仕事絶対終わんないもん。


―――


 財布を持って一足遅く外に出ると馬鹿みたいに暑かった。これで秋物を出すとか売れる気がしない。わたしだったらまだ買わない。それでもファッション雑誌には既にニットやコーデュロイ素材のスカートだったりがちらほら載っているから、今時の若い女の子は一足早く探しに来ている子もちらほら。モデルさんもさぞ大変だろうな。こんな汗が噴き出しそうな日でも、ニットとかショートブーツとか履いて撮影してるのかと思うと、…いや考えただけで熱中症になりそう。

 コンビニの店内は夏休みの部活生だか営業マンだかでごった返していた。おにぎりもサンドイッチも、他の人達がたくさん買って行ってしまったのかあんまり残っていない。ツナマヨじゃなくてねぎとろが食べたいのに、陳列されてるのはツナマヨと納豆と梅干のみ。その梅干のおにぎりの後ろに隠れていたねぎとろを発見して手を伸ばした。

「あ」

 最後の一個のねぎとろに手を伸ばした人がもう一人いた。いや、分かりますよその気持ち。濃い味付けのお肉よりさっぱりしたねぎとろ、食べたいですよね〜。分かる。でも今日は仕事大変なんでわたしに譲っていただけないだろうかと、全然優しくない気持ちで掴んだ瞬間にもう一人の人の手がすっと引っ込んだ。
 え、めっちゃ優しいじゃん…まるで昨日の人みたい。やはり世の中捨てたもんじゃなかったん、

「…昨日の」
「っえ、っあぁ…!」

 隣で大きく目を見開いていたのは昨日のお客さんだった。スーツじゃなくて、ラフなTシャツと柄の入った細身のパンツだったけど。…ってそれよりも最悪だ! わたしの心の狭い一部始終を見られてしまって、慌ててねぎとろおにぎりを元の場所へと戻してしまった。
 世の中が優しくないのはわたしみたいな奴ばっかりいるから、それがいけないんだと痛感して一歩引いてしまう。超がめつい女じゃん、こんなの引かれる!

「き、昨日はすみませんでした、」
「はい!? あ、いやいやほんと大丈夫ですよ、ほんと、すぐ仕上げてもらって助かったので…穿いて帰れましたし」

 なんだよ貴方は神か。眉毛をへの字にしてぶんぶんと顔の前で手を振るその人は、先程わたしがむしり取って戻したおにぎりを取ってわたしの手の中に収めていた。…ねぎとろおにぎり? なんで、わたし棚に戻したし、もしかして昨日のお礼で奢れ的な感じの流れ?

「…あれ? 今それ選んでませんでした?」
「い、いいんですだってお客様もそれ選んでましたよね?」
「店員さんみたい…」
「いや…あの…一応そうなんですけど……」
「アッす、すみません、変な意味ではなくてですね、」
「…昨日迷惑かけたので。とてもじゃないけど譲り受ける訳には…」

 一つくらい私にもいいとこ見せてほしい。そのくらいの感情で動いた手は、ねぎとろおにぎりをまた彼の手に戻していた。レジの目前でねぎとろおにぎりを譲り合う姿は少々滑稽な気もするが、恥ずかしいよりも優先するべきことがある。「この人心の狭い人だな」とか思われたくない。

「俺今日は仕事休みなんで」
「へっ?」
「なので、それ食べて今日も頑張ってください」

 ふにゃ、と笑った顔がまたわたしの心をくすぐった。いえ、そんな、どうも。しどろもどろになっている隙にお会計を済ませたその人は再度わたしの手の上にねぎとろおにぎりを乗せると小さく頭を下げてコンビニから去っていってしまった。ええ、…そんなことある、こんなことある? 今日も頑張ってください、だって。

2019.03.15




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