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order made!

scarf





「顔が浮かれてる」

 いやそれはお互い様では? と言えると思っていたのにそれができない。頼んでいたジンジャーエールと一緒にミートソースグラタンが運ばれてきて、いざスプーンを掴んだところだった。
 数時間前、東峰さんと一緒に西谷さんとナギと合流。付き合いたてのわたしたちの様子とは打って変わって、その時のどんよりとしたナギの顔は、まるで地獄の底にいたかのようなもので、てっきり「良い感じに過ごしてるんだろうな」と確信していたわたしの口がひくりと歪んだのをしっかりと覚えている。いや、何があった。その隣のあんたの王子様はそんなに暗い顔してないんだけど。

「…まあ、浮かれてもおかしくないでしょ」
「わかる。浮かれるよね。おめでとう。大体いつからよ。今こそ全部吐き出せ。いやダメわたしのメンタルが追いつかない」
「いいから食べようよ」

 元々わたし達と東峰さん達は別で来ていたので、テーマパーク以外の行動は全く違うものだ。というわけで困惑しながらも一旦ここは解散となり、二人でお昼を食べに調べていた洋食店へ。彼女が「ここのミートソースグラタンすごく美味しいらしくて!」って言うから来たのに、ナギが頼んだのはお肉ごろごろのミートソースパスタだった。間違えたのか? と思ったけどわたしはなにも言わなかった。…というより言えなかったが正しい。

「幸せでなによりですよね。ほんと。世の中どうなってんの? このアイス奢って」
「どさくさに紛れてなに言ってんのよ。ていうか…西谷君とどうなったの?」
「うっ……」
「え」
「好きですって言われた…」
「え。…え? …そうなの!?」
「なんでそんな吃驚すんの」
「いやなんか流れ的に振られたのかと」

 だってそんな落ち込んでる顔されたら、とちょっとだけ安心してスプーンに熱々のグラタンを乗っけると、何度か息を吹きかけて口に運んだ。とろっとたっぷりのチーズがとろけて、濃厚なトマトの風味が舌の上に滴り落ちる。評判に違わぬ美味しさである。…ナギ、本当に頼まなくてよかったのかな。

「でも振られたようなものでは…?」
「意味不明なんですけど」
「一ヶ月後にわたしを置いて日本を飛び出すからまた当分会えなくなるけど、ちゃんと好きだって言いたかったって」
「あー」
「なにその反応! まさか知ってたな!?」
「東峰さんから聞いたの。昨日だけど」

 出来立てのミートソースパスタが少しずつ冷えていくのが目に見える。食べてもらえない目の前の可哀想な食べ物は「早く食べてよ伸びちゃうよあなたも何か言いなさいよ」とわたしに訴えかけているみたいだ。
 好きだ、って言ってもらえたのなら良かったじゃないかと思った。なにも明日から日本を飛び出す訳じゃないのだから。だけど、例えばもし東峰さんが明日から日本を飛び出すということを聞いたらわたしもナギみたいに落ち込むだろうなと苦笑い。両思いでいきなり遠距離かあ。確かにしんどいし複雑な気持ちにもなる。…でも、なんとなくだけど。西谷さんは浮気をしそうな感じでもないし、多分日本を出る前にちゃんとナギに気持ちを伝えたかったんだろうなと思った。自分に嘘なんてつけるような人には見えないから。

「無理…一ヶ月毎日会っても心が死ぬ…」
「ついてけば?」
「仕事を放り出せないでしょ…今いる部署大好きなんだから…」
「じゃあしょうがないね。てか、付き合ってるの?」
「つっ………あれ」

 やっと指が動いて、フォークが宙に浮いた。だけど、わたしのごく普通の質問にしっかりと塗られたマスカラが上下に大きく揺れる。いや、まさか。そんな訳ないよね? だって「付き合おう」「好きだけど、付き合えない」の二択以外に選択肢はあるのか。だけどそんな簡単な答えがすぐに出てこないところを見ると、…なんだか少しだけ嫌な予感が過っていく。

「…ナギ?」
「付き合うも合わないも、言われてない!!」

 からんからんと床に落ちたフォーク。その音ですっ飛んできた店員さんが新しいフォークを持ってきてくれた。スパゲティの元気はもうとうの昔になくなっている。「もう食べてくれないんだ」と、心なしかしなしなと細くなっているように見えるパスタと、干からびたようなミートソース。頭の上から魂が抜け出たみたいなナギのそんな様子に、わたしも空いた口が塞がらなかった。どうして一番大事なところがおざなりなんだ。…それほどまでに西谷さんが日本を飛び出すってのがショックだったってことか。

2021.06.23




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