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order made!

PEPLUM BLOUSE





 こういう仕事をしている人は煌びやかに見える、らしい。でも、実際は煌びやかではない。売上を常に意識した、お客様を血眼で観察する上司とか、せっせと服を畳んでは大量の品出しをするアルバイトとか。そういうのを見ていると何処も同じように大変な仕事だと思う。そんなことを考えながらマネキンの腕をがこんと外して、新商品のペプラムブラウスを右手にとった。

「それさあ、可愛いけどコットンだからアイロン大変そうじゃない?」
「既に皺寄ってますしね」
「それ在庫あんまりつけないようにしたいんだけどマネキン着せる?」
「初回入荷ですから…着せてから一週間様子見ます。まあでもうちは多分そういう若者向け流行り商品売れるような店じゃないし切っていいんじゃないですか?」
「ですよね〜」

 じゃあ切っちゃお。iPadを叩いて満足そうに去って行く店長の背中を見ながら、そういえばと腕時計に視線を落とす。やば、あと二十分で退勤だ! やばい! あと二体変更しないもいけないのに色々考えすぎた! 外した腕を慌ててつけて、レイアウト資料やスタイリングブック片手に急ぐ。もうすぐ八月。店内は既に秋物の新作まで出揃ってきている。

 勤めて三年目の某アパレル専門店。僅かにではあるがチェーン店も存在する。最初は時給千百円という響きに乗っかって応募したけど、今では時給千五百円で店長と大体同等くらいの、そこそこの地位にいた。主な仕事はお店全体のディスプレイやマネキンのスタイリングを考えたりすること。通常業務のレジもするしパンツの裾も直すけど、マネキンと向き合う時間の方が圧倒的に長い。ついでに売り場にもずっと出てるから、接客も多い。

「あ、お姉さーん」
「はい、」
「サイズどっちがいいか見てもらいたいんですけど」
「かしこまりました」

 お客さんとファッションを考えるのが楽しい。相談を受けるのが嬉しい。そうやってコーディネートの提案をするようになっていたらいつの間にか詳しくなっていた。

「ありがとうございました」

 サイズも無事に決まって、おすすめしたボトムスも二本購入してくれた先程のお客さんは笑顔で自動ドアを潜っていった。あー、やばいこれは残業だ。決してお客さんのせいではない、だけどやっぱり残業になると少し気分が下がってしまうのは多分誰だって同じだろう。店長に報告に行かないとなあと心の中で溜息を吐いていると、これまた裾直しのフォローの声。

 …げ。今の時間帯動けるのわたししかいない。

「どうかしました?」
「あっ! 苗字さん助けて! 下糸が絡まっちゃって…!」
「それ仕上がり時間何分ですか?」
「あと三分くらい…」
「次入ってます?」
「あと三本…」
「あー…じゃあこれわたし引き継ぐんで次のからお願いしていいですか」
「ごめん〜、お願いします!」

 慌てているアルバイトの主婦さんが持っていた別の下糸が床に転がった。焦っているとろくなことないですよね〜と声を掛けながら追いかけていると、カーテンの下を通って売り場の向こう側にいってしまったボビン。あーやばいやばい、流石にもう後一分じゃ縫えないなあ、もし時間ぴったりに取りに来たら五分待ってもらうように言っておこう。

「あ、」

 ふと見えた靴先。ストレートチップのそれは、多分良いお値段のする某有名メーカーの革靴だ。その爪先にコツンと当たって、かちゃんと停止した。…って、待って待ってなんか顔がめっちゃ怖そうな人なんだけど…! ああいう人ってちょっと難癖つけられるかあのボビン思いっきり蹴ってどっかにやっちゃうかのどっちかなんだよなあ…でも後者の方がやだな…。今急いでるしその色もう補充分一個しかないから困、

「これ追いかけてました?」
「すっすみません! ごめんなさい!」

 ひょいと拾って、そっとわたしに差し出してくれた掌はすごく大きい。あ〜どうしよう殴られでもしたら…と思っていたけど、話し方はとても柔らかくてちょっとだけ安心した。少しだけ髭が生えてて、ちょっとだけ長い髪を結ったその男の人は、ジャケット片手に急いでいるみたいだ。ストライプのカラーシャツの袖が捲り上げられている。

「裾直しお願いしてたパンツ取りに来たんですけど出来てますか?」
「あ、何分仕上げのパンツですか?」
「今の時間なんですけど…」

 げ!! 私が引き継いだやつ!! 
 腕時計を見るともうお渡しのできる時間になっていて、とりあえず頭を下げるしかできなかった。

「すみません、二分だけお待ちいただけないでしょうか。仕上がり時間少し遅れてしまっていて…」

 ああもう、最悪だ。時間も過ぎたし、ミシンの下糸も絡まってるし。申し訳なささ全開で頭を下げて次の言葉を待った。えー急いでんだけどとか言われたら最悪届けに行こうかな…。あーもう残業せずに帰りたい…マネキン明日にして今日はこのお客さんのパンツだけ仕上げたらコンビニ寄ってお菓子買って帰りたい…。

「ああ、そうなんですか? だったら待ってます。今日履いて帰りたいので」
「かしこまりました、すぐ仕上げます! 本当にすみません!」
「あの、慌てなくていいので…怪我には気をつけてくださいね」

 へにゃんと笑った顔と気遣いの声に胸の奥がどくんと音を立てた。…え、なに、たかがミシン使うくらいでそんなこと言われたの初めてなんだけど。めっちゃ感動、めっちゃ良い人。…めっちゃくちゃ良い人じゃん! がばっともう一回頭を下げて慌ててカーテンの奥へ入ると、アルバイトの主婦さんがこちらを見てぎょっとしていた。いや、その反応なんなんですか、早く他のパンツ仕上げてほしいんですけど。

「え…苗字さんなんかありました…?」
「へ?」
「顔真っ赤ですけど…」

 ぶわ。嘘、ほんと? 分かんないけど、きゅんとはしたけど。そんなことないし、と言いながら別のミシンの場所へと腰掛けた。ああもう、そんなこと言うから本当に顔熱くなってきた。

2019.03.09




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