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 この状況が良いのか悪いのかと言われたら、多分めちゃくちゃに良い。ナギに拍手大喝采したいところではあるが、心の準備というものは誰にだって必要だろう。当のナギと言えば、一つに結んだポニーテールを馬の尻尾みたいに靡かせながらさも彼氏かのように西谷さんと腕を組んでいた。あの子なんであんなに「わたし達もう◯年目の付き合いなんですう!」みたいなテンションで当たり前のようにくっつけるの。

「苗字さんはよくこういう所に来るんですか?」
「あ、いや、久しぶりですね。昔はよく来てましたけど…東峰さんは?」
「俺は高校以来かなあ…卒業旅行みたいな感覚で仲良い同級生と」
「じゃあ同じですね」

 目の前でキャッキャと騒いでいる二人を見ながら、わたしはなんとか東峰さんとの会話をのんびり楽しむことができているみたいだ。緊張するけど、嫌な空気じゃない。穏やかであったかくて、勝手に頬っぺたが緩んで落ちる。その「穏やかであったかい」空気は東峰さんから生み出されているものだろう。こんなこと初めてだなあと、道を歩く足が少し軽やかになっていくのが分かる。ヤバイ、浮かないようにしなきゃ。

「…あの、今日、その、」
「え、なんですか?」
「か、可愛い、ですね…?」

 もだもだと言い辛そうな雰囲気を少しだけ醸し出したあと、吃りながらもぽそっと聞こえた言葉。そこにはだいぶ甘ったるいような声色を含んでいて、わたしは一瞬足を止めてしまった。無意識のうちにぱっと顔を上げたその先には、大きな掌で口元を隠した東峰さんが視線を右に逸らせて、まるで今の言葉が「恥ずかしい」と言わんばかりに、わたしと目を合わせようとしない。

 え、なに? これ喜んでいいやつ? 疑問系だけど、お世辞かもしれないけど喜んでいいやつだよね? てか今褒められたよね??

「ほ、ほんとですか! めちゃくちゃ嬉しいです、あの、…気合い入れて選んできたんでっ…!」
「そうですか、…そうなんですか…」
「そういえば東峰さんも服好きですよね、初めて会った時靴がスリワヤのストレートチップだった! オンライン限定デザインのやつ」
「えっ…よ、よく覚えてますね…」
「あ! いや! 職業柄? というか? 職業病、というか!」

 吃驚した顔を見たら、つい「そうでしょう!」と言いたくなったけれど、ちょっと待てわたしそれは流石にキモいのでは? と考え直す。だけどもう言ってしまったものは変えることはできないので、慌ててしまった。だってあの日の出逢いはわたしにとっては忘れられないものなのだから、そう簡単に脳内からは離れてくれやしないのだ。にしたって、一歩引くような東峰さんの視線にはやらかした、と思わなくもない。

「そこまで覚えててくれてるのはなんかこう…嬉しいですね…」
「あ…あはは…あは…なんかすみません…」
「謝ることないです、いや、ほんとに…」

 彼の顔をじっと確認してみてもどうやら気持ちの悪い女だなと思っているようなところは無さそうだ。だけどそのまま会話が続かなくなってしまって、わたしは頭の中で何かネタはないかと懸命に考えることになってしまった。こういう時、面白い話しの引き出しがないと途端に困る。

「二人とも早くー!」

 いつの間にかナギ達と数メートルの距離が離れていたらしく、彼女の大きな声にばっと正面を見た。なんか、東峰さんと二人でここにきたみたいな雰囲気になってしまっていたけど、そういえばナギと西谷さんもいたことを思い出す。どうやらわたしは到着数分でいっぱいいっぱいになっていたらしい。

「え」

 二人とも早く、なんてはしゃぐ声のすぐ側に見えるのは、悲鳴のよく響くジェットコースターである。おい、それに乗るのか君は。と、複雑な気持ちになってしまった。だってナギ、確か今までジェットコースターが苦手な女の子だったはずだけれども。

「ちょ…え? ナギ、乗るの? それ」
「夕君が乗りたいっていうから! わたしも乗る!」

 これが恋の為せる技なのか。っていうか今までわたしがどんなに誘っても頑なに乗らなかったのに。だけど、逆に言えば好きな人の為に嫌いなものへ挑戦するその心は素直に褒めてあげたい。いやもうここまでくると本当に嫌いだったのかどうかも少し不安になるが。

「あとでへろへろだったら助けてね?」
「…やっぱ苦手なんじゃない…」

 だが、てへ、と言わんばかりにこっそりと耳打ちしてきたナギのその言葉で、どうやら苦手は苦手で変わらないということを確信する。そこで改めてナギが西谷さんのことを好きなんだなと感じてしまった。

「東峰さんは乗りますか?」
「お、…俺は…いや、乗ろう、かな」

 申し訳なさそうな顔と、ひくっとした右頬辺り。へえ、男の人ってこういうの皆好きなんだと思ってたんだけど、どうやら東峰さんは苦手らしいことは雰囲気でよく伝わってきた。顔に出るんだから相当苦手なのだろう。わたしは乗りたいけど、でも、東峰さんが乗りたくないならわたしもそうしたい。無理に誘うより、お互いが一緒に楽しいことを共有したい。それにジェットコースターなんていつでも乗れるもん。

「ナギ、西谷さんと二人で乗ってきなよ」
「え」
「なまえさんも旭さんも乗らないんすか!?」
「ちょっとお腹空いちゃって…わたしチュロス食べたいんですけど、東峰さん一緒にあっちで食べません?」

 その時の東峰さんのほっとしたような、口角が少し上がった顔付きに、思わず空気が抜けたような音を出して笑ってしまう。体格だってずっと大きくて、その辺の男の人よりも随分強そうなのに、つい頭に手を伸ばしてよしよししちゃいたいくらい可愛いとかずるい。

2020.07.22




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