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TAILORED JACKET





「まあ、その、…そうだよ」

 くるくる、くるくる。スパゲティをこれでもかとフォークに巻き付けて、持ち上げてはぼろりと崩れる。さっきからその繰り返しだ。歳下の男の子に好きな人がいるということを肯定するのはちょっとだけ恥ずかしい、そんなわたしの気持ちの表れである。

 本田君はわたしの返答を聞いたあと、椅子の背もたれにぐったりと身体を預けてこちらを見た。まるで「やっぱそうかよーあーショックだわー」みたいな、ちょっと自惚れかもしれないけどそんな顔つきだ。

「どこがいいんですか、髭の人の。いや別にあの人を否定したい訳じゃないんですけど‥」
「ええ、そんなことまで聞く?」
「だって苗字さんっぽくないっすよ」
「だからって本田君っぽくもなくない?」
「それは傷付く」
「ごめんごめん。いや、なんかねえ…なんだろ、彼すごい可愛いんだよね」
「はあ?」

 可愛い? あの髭面が? とでも言いたいのか、口が歪んでいる。そりゃそうだ。わたしだって最初にお店で会った時に「可愛い」どころか「怖い」って思ったもん。だけど、コンビニでまた再会した時、バレーの試合見に行きたいとナギに連れられた時、東峰さんとラーメンを食べに行った時。彼の優しさとふにゃふにゃの可愛い笑顔で、いつの間にかわたしの心は東峰さんへと傾いていたのだ。

「可愛いって、どの辺がすか…?」
「ちょっとそんな顔しないでよ。いーの、そういうのはわたし以外が知らなくても」
「…俺が付け入る隙ないですかね」
「えっ、あー…うん、そだね…というか、東峰さんの件がなくても、本田君はわたしの中でずっとアルバイトの可愛い男の子だからそういう風には考えられないな…」

 嘘は言えないし、変に優しいことを言うのもおかしな話しだ。だから、未だスパゲティをフォークに巻き付けながら思ったままのことを言葉にする。本田君の目の前にあったカツカレーは殆どなくなっていて、カツだけが一つ、お皿に転がっていた。

「するんですか、告白」
「えっ…か、考えてない、まだ、」
「しないんだったら付き合うも付き合わないもないし、伝える気ないんだったら俺とのこと考えてくださいよ」
「ちょっと、それ暗に告白しろって言ってるでしょ」
「ダメだったら押せると思ってるんで」
「ひっどいな!」

 告白する、なんて考えてなかった。彼氏なんて、考えてなかった。…と言ったら、まあちょっと嘘になるかもしれないけど。でも隣に東峰さんがいたらと考えたら、胸の辺りがむず痒くなってくる。毎日穏やかで、きっとドキドキするんだろうなあって思うから。

「…そんくらい想ってたっていーじゃん」

 本田君はいい子だし、多分イケメンの部類には入るんだろう。他の人から見たら魅力的だってことも分かる。その言葉だって響かない訳じゃない。だけどそれでも東峰さんの存在はわたしの中で随分大きかった。全然揺らがない。不思議なくらい「申し訳ないけど」っていう言葉しか出てこない。

「もっと素敵な子いっぱいいるよ。ごめんね。でも、ありがとう」

 やっと巻き付けたスパゲティを口に入れる。つーんとした彼の顔に少しだけ笑っていると、大きな唐辛子をそのまま吸い込んでしまったらしく、喉の奥から激しく蒸せてしまった。


―――


「なまえー! こっちこっち」

 風が少しずつ冷えてきた。もう秋近い。少々寒がりなわたしは昨日衣替えを終えたばかりだった。これからお店は繁忙期を迎える。その前に有休を使って一週間と少しお休みを貰っている、その初日だ。ナギにランチしようと誘われて、大好きなブランドのテーラードジャケットに身を包んできた。仕事じゃない日はお店の服を着ないようにしている、ちょっとした自分のポリシーだ。

「ごめん待った?」
「十分くらい!」
「先に頼んでてよかったのに」
「や〜ちょっとこの興奮を先に共有したくて〜!」
「明日からの旅行そんなに興奮してんの? そりゃあわたしも楽しみだけど」

 明日からわたしとナギは二人で大阪旅行を計画している。某テーマパークではしゃぐ為だ。京都とか九州とか、他にも色々案があったけれど「子供みたいにぎゃーぎゃー遊びたい!」とか言うナギの希望である。いやわたしも賛成だったけれど。にしても、随分とご機嫌なのが気にかかるところだ。店員さんにそれぞれの注文を頼んで、冷えたお水を少し含んだところでナギの大きな口がわたしに向けられた。

「夕君も明日から東峰さん達と泊まりでUSJ行くんだって〜!」
「……ん? なに?」
「だから! 夕君も! 泊まりで!」
「いやごめんそこじゃない」

2020.05.21




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