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SUEDE SKIRT





 強く断り切れないのはわたしの悪い所だ。だけど、例えば断り切れたからと言って次会うのが仕事なんだから、ちょっと気不味くなるのは勘弁である。結局わたしは落とした化粧をし直して、黒のリブTシャツとベージュのスウェードスカートに着替えて、クロスボディバッグを選んで外へ出た。気合いが入ってるとは思われたくなくて、メンソレータムリップを唇に乗せる。

 折れたわたしの声に反応した本田君の様子と言ったらそれはもう嬉しそうで、なんだか気分は複雑なままだ。よかったのか、これで。と今考えたところでしょうがないんだけど。わたしが「分かった。行くよ」って言っちゃったんだし。でももし、向こうが「そういう」話を振ってきたら、ちゃんとお断りしなければ。だってわたしにはもう、気になる…というか、好きな人がいるのだから。

 本当のことを言うと、もし本田君との電話の最中にきた東峰さんのラインがご飯のお誘いラインだったら、本田君のお誘いにはまず百パーセント断っていた。だって絶対そっちの方が私的には優先だし、中々会えるような機会はないから。いやまあ、今日は図らずもばったり会えたけども。
 でも返ってきていた彼の返事は「苗字さんは限界超えても頑張りそうだから、無理は絶対に駄目ですよ」という、優しさ満点のみのものだったから、ちょっと期待したわたしが残念というか、なんというか。そんなわけで、本田君の強めの押しに折れてしまった。東峰さんは本当に顔に似合わず優しい人だ。それが嬉しくてたまらなくて、…そして、ちょっとだけ期待した分、しゅんとする。

「苗字さん!」
「あ。ごめんね、ちょっと遅くなった」
「化粧とかしてたんすよね、女の人って大変だな」

 いやそう思うなら無理に誘わないでよ、と言いかけた口を閉じる。お店の扉を潜ってすぐのテーブル席にいた本田君はわたしを姿を見つけるなりすぐ声をかけてくれた。家から近くの喫茶店だったけど、そこはメニューが豊富でデザートもあって、中々評判のお店であることは知っていたし、最近新メニューも出たという噂を聞いたからタイミングが良いと言えば良い。だけどもやっぱり、東峰さんと一緒にいる時ほどのテンションが上がらないのも確かだ。

「何食べます?」
「新メニューのやつ。大葉としらすのペペロンチーノ」
「よく来てるんすね」
「いや、そんなには来てないかな。お店の前にメニュー出てるから、好きそうなメニューあったりすると行く」
「成る程」

 店員さんを呼んで、注文を頼んで、そして二人きりになった。いや待てよ、こっから何の会話すればいいのか。さっきの電話で喋り方を忘れてしまったみたいに口が動かない。取り敢えずとばかりに仕事の話を振ってみる。最近の仕事はどうかとか、なんか嫌なことはないかとか、…最後の出勤がいつかとか。その瞬間、とにかく話を途切れさせないように、と思っていたのが裏目に出てしまった。

「最後、とか言わないでくださいよ」
「って言っても本当のことでしょー? なに、気が変わってうちの店にでも就職する気になったの?」
「そうしてもいいかなって思えたくらいにはすげー好きですけどね」
「は、」
「もう分かってますよね、流石に。一緒に飯食べたいって言った理由も、皆と一緒じゃ意味ないって言った理由も」

 歳下のくせにと過っていたが、そんな歳上に言い負かされたわたしもわたしだ。無言になったその間に運ばれてくる大葉としらすのペペロンチーノ、本田君が頼んだカツカレー。そっとフォークを掴んで、わたしはそのまま食べ始める。美味しい筈のペペロンチーノに全く集中ができない。

「そう聞いたらやっぱそうなんだって思っちゃったよ…でも申し訳ないんだけど…わたし好きな人いるんだ」
「知ってます」
「え」
「あの人ですよね、前あった髭の人」
「髭の人って、」
「苗字さんあの時めちゃくちゃ嬉しそうだったんでそうなのかと思ったんですけど」

 でもわたしも知らなかった。その頃には既に東峰さんのことを好きだったかもしれないなんて。本田君がぶすくれたような顔で言った言葉に、ぽっと頬っぺたが熱くなったのを感じた。それを見た彼は、大袈裟に溜息を吐いている。
 それも分かっててしかも傷付くであろうことを前提にわたしを誘ったんだとしたらちゃんと伝えなければ。髭の、強面の、でもすっごく優しい、そんな東峰さんのことを既に好きになっていることを。

2019.12.26




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