order made!
CORDUROY SHIRT
本当は、今日は公休だった。だけど、出ざるを得なくなった。理由は一つ、人が足りていないからである。朝だけの出勤に留まったとはいえ流石に十一連勤はマズイ。どこかで公休をちゃんと取れなければもちろん、わたしだって店長よりも上の人から怒られるのだ。いや店長も怒られるけど。その店長は、今日もお休みらしいけど。
「お休みも三日目ですけど!?」
「まあ、明日からは来れるって連絡来てたんで…」
「苗字さんホントごめんね!! 明日から連休で休めるように調整するから…」
そう言う目の前の社員さんも、既に十連勤目でわたしとほぼ同じ状態だった。だから文句は流石に言い難い。だけどホントに明日から連休が取れるなら万々歳だ。ここのところ全然遊んでなかったし、新しくできた美味しいカフェとかお店とか、あとは親からの宅配便も受け取れていないから、むしろお休みがないと困っていた所である。さくさくと商品の検品を進めながら並行してレイアウトの変更箇所もチェック。
早く帰りたいなあと腕時計を盗み見ていたら、扉から新作の秋服に身を包んだ本田君が出勤してきたのが確認できた。そういえば珍しく昼前出勤だったっけか。
「おはようございます!」
「おはよ。それ新作のネルシャツだよね?」
「そうっす! これ一番良くないです?」
「わかる! ラインナップのネルもその色推してたもんね。やっぱもうちょい在庫つけようかなあ…」
「苗字さんもこれと同じの買ってくださいよ」
「え〜? お揃いになっちゃうじゃん。それに親子コーデになっちゃうしわたしはネルより今着てるコーデュロイの方が好き〜」
別にお揃いコーデは嫌いじゃないけど、どうせするなら好きな人とがいいじゃない。それに、同じ服の同じ柄とかよりも、靴とシャツとか、別商品でのリンクの方が可愛い感じするしそっちの方が好き。言いたいことだけ言ってカタカタとタイピング音を鳴らしながらパソコンへ向き直ると、すっとわたしのすぐ隣に本田君が座り込んできた。ふわっとした香水の匂いがすぐに分かってしまうくらいには、近い。
「親子コーデはちょっと言い過ぎっすよ」
「じゃあ姉弟コーデ?」
「惜しい」
「いや惜しいってなに」
「…この間の人なんですけど、」
「?」
「彼氏ですか」
ぴたっとタイピングの指が止まった。いや、なんの話してるんだろうって一瞬そう思ったけれど、十中八九アレだ。退勤した後に鉢合わせした東峰さんのことを言ってるんだ、多分。いやいや彼氏ではない。元々はお客様だった人だ。だけど、なんだかんだ少し縁があって連絡先を交換していて、毎日とは言えないけれどくだらないことをちまちま話すような連絡は取るようになっている。喋ってると気持ちが安らぐというか落ち着くというか安心できるというか、つまりちょっといいなって思っている人だ。でもそんなことを喋る義理もないので少しだけ笑って本田君の方を向いた。そんな風に見えるのか? という疑問と、ちょっぴり嬉しいとか思っている心を見えないように閉じ込めて。
「彼氏じゃないよ」
「ホントですか? 嘘付いてません?」
「嘘付く必要ないじゃん。どうしたのよ」
「彼氏だったら困るんで」
「…へ」
「ごめん苗字さ…あ! ナイス本田君手伝って!!」
「ウス! おはようございます!」
耳元に残った言葉は、ちょっとの間だけ理解ができなかった。東峰さんが彼氏だったらなんで困るんだろう、…そんなことに気付かない程私は恋愛経験が乏しい訳ではない。だからと言って心臓がドキドキする訳ではないのだから、残念ながらわたしの中ではそういうこと≠ネのだ。いやもしこれが勘違いだったらめちゃくちゃ恥ずかしいことこの上ないんだけど。
「…ささやかなモテ期か?」
タイピングの音が心無しか軽い。人に好かれるというのは、幾つになっても嬉しいものである。でも、どうせなら…とつい東峰さんの顔が頭の中に浮かんでくる辺り、わたしの心はいつの間にやら飲み込まれつつあるようだ。
いけない。考え出したら東峰さんと連絡取りたくなってきた。今どっちでライン止まってたっけな? 明日、休みだったりしないかな? 予定あるのかな…。
仕事を放り投げて今すぐにスマホを触りたい。なんども腕時計を確認して、仕事が終わる時間が早くきますようにと魔法の言葉を唱えながら指を動かした。
「っていうか、そもそも彼女いたらどうしような…ショックだな…」
「なになになんの話?」
「ナンデモナイデス」
ひょこっと扉から顔を覗かせてきた主婦さんのニヤニヤした顔が突然現れて、唇をぎゅっと固く閉じた。どうやら直ぐそばの掃除を担当していたらしい。独り言は程々にしておかないと。
2019.08.27
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