×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



order made!

WIDE PANTS





「ねー、新しい店長さあ‥」

 新人店長が異動してきて三日目。にも関わらず休憩室はどんよりとした空気に包まれていた。それもその筈だ。セール中にも関わらず初日の出勤以降体調を崩し欠勤しているのである。しかも、体調不良であるだけならまだしも、初日の夜、そして昨日今日と連絡が取れないのだ。なんならメールすらも飛んでこない。今までであれば、欠勤すればお店の状況だけ連絡をしてほしいと言われていたし、それが普通なのだろうと思っていたこちら側からすれば少しばかり不安になるのは仕方がないことだろう。だけど、この不穏な感覚は「欠勤」に限ってのことだけではない。

「初日のタイムカードいきなり切ってないまま帰ってたんだよね…それで、退勤時間も分かんなくてまだ申請の修正できてないの‥」
「ああ…だから昨日ブロックリーダーに怒られてたんですか…?」
「だって連絡してもその連絡が帰って来ないんだもん〜! もういいかって思ったけど帰ったのも変な時間だったじゃん…夕方? くらい…修正掛けれるわけないじゃん…」

 いきなりど初っ端からこんな感じで、皆の「次の店長大丈夫か空気」が少しもやもやしているのだ。朝礼も作業がバタバタして出来ず、クレームの電話対応も店長がアルバイトの女の子から代わった途端二次災害になっていたし、そのあと処理に回された別の人の人時が抜け、売場は誰もいなくなり、お客様は増える一方で対応や問い合わせに追われる。タイミングが悪かったと言えば悪かったのであろう。青い顔をした店長が「気分が悪いので帰らせてください」と言った時はあまりにも心配だったけれど、申し訳ないがその心配よりも不安の方がずっと大きいのである。

「明日来れますかね…?」
「来てくれなきゃ困るよ〜!! それか連絡してほしい! ほんとに! それだけでいいから! と言うわけで苗字さん」
「はい?」
「今日残業してって…品出し全然追いついてないの…」
「ん〜…いいですよ」
「ありがと〜!」

 ぶっちゃけ今日は早く帰りたかった…けど、人がいないのはもう分かりきっていることだった。店長も多分、初めてのことでいっぱいいっぱいだったのだろう。治ればすぐ出勤してくるさ。iPadを操作しながら親指と人差し指で丸を作れば、ありがと〜! と声を大きくした社員さん(女の人)が抱き着いてきた。わたしよりも十以上も上だけど、かなり若々しい人で、エネルギッシュ。いつまでもこうやっていられるのは難しいけど、この人がずっと綺麗なのは仕事に打ち込んでいるからなんだろうなあとか思ったり思わなかったり。

「すみません、苗字さんい…あ、いた」
「?」
「苗字さん指名のお客様いらっしゃってるんですけど。オイカワさんっていう男の人」
「オイカワ?」

 って、知ってる人一人しかいないな。わたしがここで働いてることは知ってるだろうけど、わざわざこんな所まで来るなんて。カロリーメイトとジュースを片付けて、iPodだけ持って休憩室を出た。売場に出てすぐ左、メンズのボトムスコーナーでぼーっと突っ立っている男は間違いなくというか、やっぱりわたしの知っている男。高校の頃の同級生であった彼は、‥いやわたしの同級生というか、友達の同級生だったというか、そんでもって付き合っていたというか、詰まる所「元彼」という括りにはなるのだけれど、別れてからも時々連絡は取っているから、「友達」という関係に戻っていた。

「ちょっと、人の職場まで来てなにやってんのよ」
「あ、来た来た。ちょっとパンツの裾取ってくんない?」
「休憩中です。他のスタッフに取ってもらって」
「ついでに高見えしそうなスラックス二本」
「話し聞いてる?」
「ダブルで」
「はあ…」

 こいつは言い出したら聞かないやつだ。それは知っている。だからわたしも渋々ながら首を縦に振ってしまった。突然どうしたんだろうなと思いながらパンツコーナーで下の方にある商品を物色していると、隣にしゃがみ込んできた徹が少しだけ不貞腐れたような唸り声を上げた。

「久しぶりに会えて嬉しいとかないの?」
「エッいやないでしょ。…徹わたしに会いたかったの?」
「違うけどさあ。偶にない? 急にこう、会いに行くか〜みたいな」
「ない」
「ちょっとは考えなよ!」

 背丈も見た目も少しだけ大人っぽくなったんだなと思ってたのに、中身はわたしが知ってる徹のまんまだ。嬉しいような、残念なような、変な気分である。

「てか高見えするスラックスってどうしたのさ。なんかあるの?」
「んー? まあ、なんつーかさ」
「なに」
「婚約相手の両親にご挨拶と言いますか」
「へ? とうとう結婚すんの? それはめでたいね、おめでとう」
「そ。まーだからなに? ちょいちょい相談してたじゃん? イロイロ。だからご報告にね」

 どうやら中身も少しばかり成長していたらしい。そこは訂正しておく。ゆるりと優しそうに目を細めるその顔は、彼女が好きでたまらないとそういうことなのだろう。
 …結婚か。確かにわたし達くらいの歳になると考え出す頃ではある。今現在相手がいない私にはあまり関係のないことだけれど、いずれは、ということくらいは考えているのだ。でもなんか悔しいな。徹に負けているとは。

「彼女、…奥さんになる人ってどんな人?」
「どんなかー。ちょっと天然で、その辺の女の子より身長高くて、俺よりもちょっと低い。今苗字が穿いてるワイドパンツ裾上げとかしなくても綺麗に履ける子」
「喧嘩売ってんの?」
「自慢してんの」

 ぼかっと一発つむじ辺りに拳骨を振り下ろして、何本かパンツを見繕った商品を持ったまま立ち上がった。そういえばもう徹はわたしのことをいつからかなまえって言わなくなったな。多分、今の人と付き合い始めたからだ。そういう所が好きだったし、そういう所が彼の良い所だった。特別な人とそれ以外の人では、細くて長い線を引く人だったから。

 徹は随分と幸せそうだ。
 見てるこっちが羨ましくなるくらい。

2019.08.04




BACK