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LINEN BLOUSE





「店長さんが変わるんですか?」

 帰り道、東峰さんと二人で歩いている途中の会話はもっぱらわたしの仕事のことであった。どうやらまだ知り合って間もない東峰さんにまでわたしのテンションの低さは充分に伝わってしまっていたらしい。控えめのどうかしました? の声に逆らえず、本田君には言えなかった本音がぽろっと出たと思ったら、どんどんボロボロと溢れでてしまったのだ。

 店長が変わること、そして店長が変わるということが初めてで、それが不安なこと。周りで働いている人達ももちろん良い人ばかりだけど、やっぱり今の店長がいるだけで、引き締まるところがしっかりと引き締まる。ロードサイドが基本であるこのお店は、特に接客で売り上げが大きく変わってくるのだ。そういう接客のイロハや、勿論服のことだって全部、店長から学んできた。だからこんなに急に異動だなんて、嫌だなあと思わない訳がない。そんな悲しみと本部へのちょっとした愚痴が口から出っ放しだ。

「入社した当時から色んなことたくさん教えてくれたんです。だから、しょうがないって割り切ろうとしても中々上手くはいかないと言いますか」
「だからちょっと暗かったんですね」
「すみません…」
「いや、いいんですよ、気持ちは分かりますから。俺なんか最初は人見知りで大変でしたよ」
「ああ…確かに人見知りしそう」

 東峰さんと話しながらもずっと考えていた、送迎会とプレゼントのこと。でも、お店は年中無休でやっているから、皆が皆集まれる訳ではないだろう。とは言え送迎会をやらないという選択肢はない。だってお世話になったのはわたしだけではないのだ。スケジュール確認しておかないと。なるだけ全員に参加をお願いして、ぱーっと送り出したい。

「にしても、本当に凄く良い店長さんだったんですね」
「偶に機嫌悪かったりとかはありましたけど、本当に責任感強い人でしたし、だからこそ安心して色んな相談もできたので…」
「でも、そういう人に教えられてきたスタッフさんばかりのようですし、苗字さんもその内の一人ですし。きっと大丈夫ですよ」
「だと、いいんですけどね〜」

 彼の言葉に緩く頷いて真っ暗になった空を見上げた。そうやって歩いていると危ないですよ。そう言われて視線を前に戻すと大きく溜息が口から出て行ってしまう。異動なんてしょうがないことだよ。そんなことは分かっているんだけど。

「次の店長さんはどのような方なんですか?」
「まだ全然分からないんです…ただ新人店長ってことだけは聞いてて」
「じゃあまた新しく体制が変わるんですね。最初は大変だと思いますけど、新たな店舗改革で更に良くなれば今の店長さんもきっと嬉しいですし」
「そうですよね…今以上に良く出来れば店長も異動してよかったって思いますよね!」

 あんまり小言を言ったって仕方がない。異動することを逆にポジティブに捉えて、また頑張ろうって思えばいいことだ。そもそも、東峰さんもわたしと一緒に悩ませることなんかないんだから。ぐっと両の拳を握って、分かりやすく「頑張ります!」ってポーズをすれば、彼は少しほっとしたように笑ってくれた。っていうか、こんなことを東峰さんに話してどうするつもりだったんだ。ただの迷惑じゃん。

「すみません、こんな全然面白くもない話長々と‥ 」
「そんなことないですよ! 俺も苗字さんに負けないようにもっと頑張らないと」

 たははと笑っている姿に、なんだかほっと力が抜ける。この人と話しをしていると、悩んでいることも重いと感じていることもどこか羽根みたいに軽くなって気分良く「頑張るかあ」って伸びをすることができるらしい。不思議である。その理由は多分、この人を包む空気がとても柔らかいからだ。だからこんなに心がほっと落ち着けるのだ。

「…そういえばさっきの男の子」
「あ、はい、アルバイトなんですよ。すっごい良い子で!」
「彼見てなんとなく分かりましたよ、苗字さんがお店で慕われてるってこと」
「え? あ、そうですかね…?」
「自転車でちらちらこっち見ながらちょっと心配そうでしたし」

 ええ、そうなんだ、全然気付かなかった。確かにお店にも最後まで残ってくれてたな。でも、女一人であるということを気にしていてくれていただけだし、単純に本田君の性格的な所が優しいだけだろう。慕われているという言葉が嬉しくないことはないんだけれど、その言葉に「そうでしょう!」なんて胸を張って言えるわけがない。わたしの仕事中の態度に不満がある人だっているかもしれないし、仕事ぶりだって見本になれるのかと言えば堂々とは言い難い。まだそう言う噂を耳には入れたことないが。

 春中頃に出たテレデランのベージュのリネンブラウスを着るのは、もう両手で数えられるぐらい。だけど、今までよりも少しだけ新鮮に見えてくるのは、東峰さんと一緒にいるからなの、かも。

2019.07.09




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