×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -






 桃のジュース。桃のタルト。桃のゼリー。桃の旬は夏、とは関係なく、わたしの大好物だ。まあ一番好きなのは、冷やした桃を一人で食べるその瞬間だったり。

「なまえ、母さんがまた桃買ってきてるみたいなんだけど来る?」
「行く!」

 山口家の忠君とわたしの家はお隣同士で、今みたいに忠君の家にはよくお呼ばれをしてもらえる。わたしの母親が彼の母親と大学の同級生だったのが理由でまるで兄妹みたいに育ってきたので、お互いの家を当たり前のように行き来していた。忠君は優しいから、毎度桃が出てくる度に一切れ多く熟れたそれをくれる。だから今日も多分、たくさん食べられる。

「部活休みなの珍しいね。マートさんの所も行かないの?」
「嶋田さん、今日はお店の仕入れあるんだって」
「月島君は?」
「ツッキーはお兄さんのチームに混ざって練習」
「へえー」

 何処か嬉しそうに笑う彼は、月島君の話しをするのが好きらしい。
 自慢の友達だと随分昔に聞いて以来、やれかっこいいだのやれ凄いだの、耳にタコが出来るほど聞いてきた。そんなことを聞いていたものだからわたしも月島君にあらゆる期待を持っていたのだけど、初めて会った時のツンな所といけすかなさ感が半端なくて、多分忠君の目には変な月島フィルターがかかっているんだと思った。そうしてやはり今日も、忠のツッキー講座が止まらない。

「忠君、月島君大好きだよね」
「え? まあ、じゃないと一緒にいないよ」
「偶に恋愛感情なのかなって思う」
「えっ!? なんで?!」
「忠君のそれは恋をする女の子のテンションだもん」

 それにそんなに嬉しそうに話されたら、ねえ。わたしの言葉に焦った様子で訂正を試みて、大げさにぶんぶんと手を横に振った。恋じゃないよって、そんなことは知ってるよ。ただの言葉の綾じゃないか。

「ツッキーのことは好きだけど、俺はちゃんと女の子が好きだって!」
「そんなに大声出さなくても」
「なまえにそんなこと誤解されたくないんだって!」
「わたしもそんなこと誤解したくないですけどお?」

 だってもしそうであった場合、こっちは一体どういう反応をすればいいかわからないじゃないか。理解がない訳ではないけど、最初から「へえそうなんだ」ってなんてことない顔をするのは無理じゃない? 冷凍庫から出してきた桃をわたしの前に置いて、食べていいよと促してくれた忠君はちょびっとだけ不貞腐れた。だから、ごめんって。そうだよね、忠君はちゃんと女の子が好きだよね。知ってる、知ってるってば。

「そんな怒らないでよ。それだけ仲が良いって言ってるだけじゃんか」
「だってそれはなまえが…」
「んん! 美味しい! まだ凍りかけだ!」

 しゃく、と程よく歯で切れて、口の中でたくさん果汁が広がった。これこれ、この味だってそう思ったら、手が止まらなくなっていく。目の前の忠君はそれを見て軽く溜息を吐くと、聞き取りにくいくらい小さな声でわたしの名前を呼んだ。…気がした。

「んん、なんか言った?」
「なまえこそ、…なんかそういう人、いないの」
「へ? いやいやわたしだって男の子が好きだよ、何言ってんの」
「そうじゃなくて! 好きな人的な、話…とか…」

 しゃく、しゃく、ごくん。飲み込んだ所で忠の顔が真っ赤になったのが分かって、わたしも手からフォークが落ちた。
 その反応、おかしくない? それさあ、わたしのことが好きって言ってる顔だと思うんだけど。なんて分かりやすい男なんだろうか。分かりやすすぎて一瞬ぽかんとしちゃう。

「…いないけど」
「あ、まあ、そうだよなアハ、」
「忠君…ちょっとあからさまに顔赤いんだけど…」
「えっ!!?」

 なんとなくカマをかけてみたら多分これビンゴ。こんなの、普通逆なんじゃないの。女の子が顔を赤らめて、男の子が「顔赤ぇけど、俺のこと好きなの?」とかいう流れじゃないの? でも彼っぽいと言えば彼っぽい。段々可笑しくなってきて、そんな忠君が急に愛らしく見えちゃって、意地悪とかしてみたくなっちゃって。

「付き合っちゃう?」
「な、なんで!? 好きな人いないんじゃ…!!」
「なんでも近すぎると分かんないもんなんじゃない? わたし忠君のこと嫌いじゃないよ」
「いやいや! 嫌いじゃないからとかで付き合うって聞いたことないけど!」
「うるさいなあ、ちょっと黙って」

 桃の果汁で濡れた唇を、彼の胸倉掴んで押し付けた。むにゃっとした感触と、甘い甘い私の大好きな味。からかい半分、…ついキスしたくなった、が半分‥って、わたしは男か。

「わたしを夢中にさせてよ、忠君」

 呆然とした忠君の顔が目に映ってる。なんか反応くれないとさすがに恥ずかしいんだけど。

「触れたいって、…ずっと思ってたから、吃驚した…」

 涙が落ちそうな、震えた声がした。ガラスみたいに純粋な、綺麗な言葉。ぶわっと熱風に当たったみたいに恥ずかしくなった。そんなロマンチックな言葉もいいけど、もうちょっと男らしくなって、今度はしっかり奪ってくれる? 次はちゃんと、淑やかに待ってるから。


思考回路伝染