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 なに考えてんのかさっぱり分かんない。

 …って、彼は歴代彼女(とは言え付き合った数は片手で足りるくらいしかいなかったと思うけど)によく言われていた。分かる、分かる。わたしもそう思う時が多い。稲荷崎に入学してからのお付き合いだから日は浅いけど、すごくよく分かる。

「あかんて、ちょっと待って」
「待たないって。そんな時間ないんだよ、もうすぐ部活なんだから」
「せやったらこんな急いで返事求めんくってもええやんか!」

 二人っきりの図書室。なんの因果か図書委員の生徒でさえ席を外している。でも、いつ何時のタイミングで図書室に入ってくるか分からない。もうすぐ十七時で、帰宅部は帰る時間だった。そんな中わたしは角名君の「ちょっと話しがあるんだけど」という言葉に渋々頷いてここまで来たのだ。今日は新作のコンビニスイーツを厳選しようと思っていたのに。

 なんの話しだろうと思っていたけれど、まさか愛の告白だなんて誰も思わないだろう。っていうかわたしも思わなかった。わたしを連れて図書室に来た角名君は、誰もいないのを確認して奥の本棚へと連れ込んでいた。覗かないと人がいるかも確認できないそこで、薄っすらだけ笑って「やっぱ好き」って言い放ったのだ。

 そもそも、「やっぱ」っていうのもおかしいよね?

 わたしは角名君が好きだった。好きだったけど、当の本人から約半年前に振られている。それから誰かと付き合い出した彼に、もう望みなんてないんだなと思ったし、潔く諦めようとも思った。つまりもう、とっくの昔に過去の話し。…なのにその半年後、こうやって突然呼び出されて愛の告白紛いなことをされて、逆にわたしの心がそれで動くとでも思っているのだろうか。そんな安い女ではない。それなりに恋愛を学習したわたしはそれ以降簡単に好きな人≠ニいうものを作らなくなったのだ。

「角名君、手、離して痛い、」
「返事がないと離せない」
「やったら分かった、付き合えへんわ。これで満足やろ?」
「しない」
「そんな気ぃしたから嫌やったんやけど! ねえ、ホンマどういうつもりなん? 振られたのやってそもそもわたしやったやろ」
「その時はそうかもしんないけど、昔と今は全然違うだろ」

 確かに時間は流れてるから、そういうことだってあるかもしれないけど、少なくともわたしは違っている。誰もかれもがそうだって思わないでほしかった。あの時はそれなりにショックだったし、忘れるのにも少々時間を要した程だ。なのにそれをなかったことみたいに言って、なんでもないかのようにさらさらっと「やっぱ好き」って、人のこと舐めてんのかって思っちゃうのはしょうがないことなんじゃないの?

「俺はずっとこんなだから、恋愛だけをしたい恋人なんて要らないんだよ」
「…なに、なんかあったん?」
「苗字だけだったんだよ。部活のこととか、愚痴とか、そういうの零せる奴。他は無理。皆稲荷崎高校の有名男子バレー部にいる彼氏≠チていう認識しかなかった。全然楽しくなかった」
「…そんなん少し話せば分かることやったやろ。バカ」
「一年ってそんなもんだろ。まだガキなんだから」

 大きな溜息を吐いた角名君はわたしの手を掴んだまままた一歩距離を詰めた。背中の壁は、これ以上はいけないぞと押し返してくるみたいで恨めしい。これでは逃げたいのに逃げられない。身長が二十センチ以上違うせいで見下ろしてくる姿も少しだけ怖いけど、そんなことに負けてられなかった。

「角名君、部活」
「良い返事聞けるまでは無理」
「宮君にめちゃくちゃ怒られても知らんで」
「腹括ってる」
「あんなあ…」
「つーか苗字は優しいからなんだかんだで良い返事くれるって分かってるけど」
「は、」
「違う?」

 違う、…もなにも。そんな良い返事なんて全然考えていませんでしたけど。それでもわたしの殆ど消えていた火に薪をくべてしまった角名のせいで、ちょっとだけ思い出してしまったらしい。角名君を大好きだった頃の自分を。

「もう…ほんまいい加減にしてや…そんな簡単にじゃあ付き合います≠ネんて言えるわけないやろ、こっちは振られてるんやで」
「…うん」
「ちゃんと考えさせてや。せやないと、角名君のことなんか大嫌いって言うで」

 大嫌い。その言葉に眉を寄せた彼は、少しずつ距離を取り始めた。その姿がなんだか可笑しくて、つい虐めたくなって、嘘でもそう言いたくなってしまう。

「本当にちゃんと考えてくれんの?」
「そう言っとるやろ。…振られた女はそう簡単にホイホイ男につられたりせえへんの」
「ふーん」
「…ナニソレ。なんか馬鹿にしてへん?」
「してない。後悔はしても、馬鹿にはしてないよ。でも、」
「なに」
「…俺悪い男だから、もうずっと忘れられないようにしてもいい?」

 突然また近付いた距離。ふう、と耳元で聞こえた小さな声に、ぶる、と背中が波打った。は? それなに、どういう意味。そう考えていた所で視界が真っ暗になった。唇に何か触れて、直ぐに去っていく。なんの香りもなんの味も、なんの匂いも残らない不思議なキスだ。まるで香りも味も匂いも、ちゃんと付き合ってからの秘密だ、とでも言わんばかり。

「なっ…!? なにすんねん!!」
「これで、ずっと俺のこと考えて、また好きになればいいじゃん」

 ほんと、こいつ何考えてるかさっぱり分かんない。なのにわたしは結局顔を熱くさせて、彼への想いを思い出してしまうのだ。

やっぱり、大嫌いって言えばよかった。そしたらきっと、当時のわたしの気持ちだって分かった筈なのにね。


鼓膜をそそのかす