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「痛くないか」

 入学してすぐの頃、物凄いスパイクが頭を揺らした思い出がある。ほんと、おっきな弾丸におでこから頭の後ろを貫かれたような、経験したことのないような痛みだった。そしてそれを引き起こしたのが人間だと言うから驚きで、ただその怪物みたいながっしりとした巨体に成る程と頷いてしまったのも事実。でもそれ以上に、とても優しい声だったと記憶している。

 人は、どの部分から恋に落ちるか分からない。私の場合は、多分その落ち着いた優しい声と優しく触れた手に全て奪われたんだと思う。


―――



「なまえこれサンキュ! やっぱ借りといて正解だったわ〜」

 ぼす。よく知っている手が頭に乗った。そのままわたしの髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き乱しているその手の持ち主は、小学校からの腐れ縁である男の子、ユージ。高校もやっぱり同じところに合格して、でも初めてクラスが離れてしまった幼馴染。ユージのクラスが英語だからと薄めの英和辞典を貸していたのだが、無事に役に立ったらしい。終始笑顔で話す所を見ると、もしかしたら密かに好きだと言う同じクラスの女の子にカッコイイ姿でも見せることが出来たのかもしれない。…英和辞典で? いや、そんなことを言うのはやめておこう。

「ちょっとやめてよ、」
「いやー丁度良い高さだからつい」
「うわーさいてー」

 幼馴染の男女って思春期になるに連れて疎遠になるものだろうと思っていたが、わたし達は違っていた。学校でも話すし、家に帰っても電話したりする。家が近いせいか敷居をまたぐのは結構日常茶飯事のこと。だけど、お互いに恋愛感情なんて微塵も存在しながった。それは、わたしにもユージにも恋人及び好きな人が存在するからである。

「なまえ」
「若利君。どうしたの?」
「次は移動教室だろう。迎えに来た」
「あ、そっか。ありがとう」

 若利君というのは、我が白鳥沢学園の強豪男子バレーボール部の主将である牛島若利君のことだ。最初に言っていた通り、わたしの一目惚れから始まり、私の一世一代とも言えるであろう告白から奇跡的にお付き合いをしていただいている牛島若利君のこと。告白した時に「有難う」とは言われるだろうなと思っていたものの、まさか「是非よろしくお願いしたい」と言われるなんて思ってもみなくて、頭が真っ白になったことだけはよく覚えている。もしかして若利君はわたしの「好きです、付き合ってください」をなんだか違う意味で捉えてないかと考えたけど、それは違っていた。だってその後、「俺も苗字が好きだ」って言ってくれたから。すんごい真顔だったけど。つまり、だから、若利君は今現在私の彼氏、だということ。

「あ…相変わらず威圧感がすごいな牛島君…」
「?」
「ユージには威厳がないもんね〜」
「そ! そんなことねえし! いやーしかしなまえに彼氏が出来るなんてなあ…今だに信じられねえわ‥」
「人のこととやかく言ってないでそっちこそ飽きられないよう頑張りなさいよ」
「うっせ!」
「…なまえ」
「ん! 行きます!」

 ぽす、と肩を柔く掴まれて、移動教室だったことを思い出す。上を見上げた瞬間に視界に入った若利君の顔はなんだか少し難しい顔をしているようだった。どうかしたのだろうかと考えてみても特に何も思い浮かばなくて、取り敢えずと歩き出した彼の後ろを追った。無論、ユージに大きく手を振ってから。

「若利君、待って」

 そう言えばいつもだったら足を止めて振り向いてくれる彼なのに今日は少し違っていた。スピードは落としてくれたけれど、止まる様子はない。わたしが何かしてしまったのだろうか。でも、今日の朝は普通だったし、なんならさっきまではいつもの若利君だった。…だとしたら、いまさっきわたしがユージと一緒に居た時に何かあったのだろうか。

「ねえ、若利君ってば」
「なまえは」
「なあに、」
「俺のことが好きなんだろう」

 び、た、り。急にどうした、びっくりした。それを形容するかの如く顔が熱くなった。いや改めてそう言われるととっても照れるんだけど、もちろんわたしは若利君のことが好きですよ。出逢いはボールをぶつけられるという最悪なものだったけど、結果貴方を知ることが出来たのだから全然気にしていない。…いや全くではないけど。

「え…あ、うん、もちろん、っもちろんです、」
「だったら、俺の前であからさまに触れられたりするな」
「へっ」
「それができるのは俺だけの特権じゃないのか?」

 それは、もちろんだけど。…もしかして凄く分かりにくい若利君なりの嫉妬になるのだろうか。そう考えるとなんだかとても意外で、そして嬉しくなる。さっきユージがわたしの頭をぽんぽんしたのが気に食わなかったのかな。

「うん、気をつける、…けどほら、ユージはユージで彼女がいるから気にしなくても…」
「…なまえ」
「んー? ん、」

 ふと名前を呼ばれて上を向いてみた。その瞬間降ってきたのは、端正な顔と薄い唇。何が起こったのか最初は分からなかったけど、唇が離れたところで色々と思考が戻ってきた。そういえば若利君、お昼はハヤシライス食べてたっけか…?

「…っていうか、あの、はじめて…」
「ハヤシライスの味がした」
「た、多分それ若利君の食べた…って、そうじゃ、な、」
「俺も初めてだから問題ない」

 いや、ええまあ、そういうことというかそういうことではないというか‥。

 ふわ、と満足そうに顔を緩めて、さっきユージがやっていたよりも少し強めにわたしの頭を撫でた。やっぱり嫉妬、していたらしい、…ということで合ってるよね?

 行くぞと一瞬絡んだ瞳は、わたし以外には見せない誰も知らない若利君だ。彼には恥ずかしいなんて言葉が頭の中に存在しないのかもしれない。近くで見ていた生徒達が顔を赤らめているのを見て、わたしもさらに顔が熱くなった。


優しい瞳の怪物さん