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 俺のクラスには高嶺の花だとか呼ばれている女子生徒がいる。才色兼備と言うに相応しいその女子生徒は、口数が少なければ表情の数にも乏しい。笑ってる顔も見たことがなければ怒ってる所もみたことがない。なんでも軽くこなしてしまうし成績も学年でトップだから、さらに近付き辛いことこの上ない。
 多分、俺以外はそう思っている。

「苗字さんまた図書室?」
「はい。赤葦君もまた行くんですか?」
「テスト近いしね。一緒に行こう」

 苗字さんはお昼になると図書室に向かうことを俺は知っている。お昼ご飯は食堂のすぐ外に腰掛けて、サンドイッチとミントティーを手に一人で食べているのも知っている。多分クラスで一番仲がいいのは俺だと思ってるんだけど、…実際どうなんだろうか。

 高嶺の花とは言えど、少しずつ距離を縮めていればなんてことない、彼女だって普通の女の子だった。最初から距離を詰めている訳ではなかったけれど、偶々日直が被ったりとか、偶々一学期に努めた図書委員が同じになってしまったりだとか、そういうのが重なって知ることが出来たのは非常に有り難かったと思う。
 聞く話によると俺は「クラスで唯一苗字さんとまともに喋っていそうなランキング一位」に選ばれているらしい。なんだそのランキング誰が決めたんだ。(全然不快ではないが)

「部活もあるのに勉強もしていつも大変ですね」

 敬語が抜けないのは彼女の癖。それがなくなればいいのにと思って既に一年が経つけど彼女は変わらなかった。何度か言ったことはあるけど、頑なにそれを断り続けている苗字さんは今日も堅苦しい言葉を使って隣で笑っている。
 そろそろ慣れてくれてもいいのになと思うのにはもちろん理由があって、その理由はただ一つ。高嶺の花と呼ばれている苗字さんのことが単純に好きだからだ。

「部活はしたいからしてるし、勉強はしないといけないから。赤点取ったら木兎さんに言わなきゃいけないことも言えなくなるし」
「主将さん三年生なのに、…なんだか赤葦君が先輩みたいですね」

 一々仕草が綺麗な苗字さんに、俺もまた一々ドキドキさせられる。耳に髪の毛をかける仕草とか、鞄を両手で持ってしっとり歩く姿とか、ふるりと動く睫毛に、なんにも装飾されていない真っ黒な髪の毛、ほんのりピンクの唇。他の女子にはない魅力がたっぷり詰まっている彼女と少しずつ距離を詰めて好きにならない方がおかしい。

「そういえば、今度の試合の日空いてそう?」
「あ、はい。行こうと思ってますよ」
「本当? なんかそれ聞くと気合い入るな」
「休日に制服着て行くの、なんか変な感じします」
「え? なんで制服?」
「え? 応援とかって皆制服で行くんじゃないんですか?」

 それ、何情報? もしかして全国大会とかのテレビを見て、応援に来てる学校の子達が制服だからそうだと思っているんだろうか。いやあれは学校として応援に行っているからであって、別にそうじゃなければ全然私服でいいんだけど。というか俺は是非私服で来てほしいのに。

「制服じゃなくていいよ」
「え…でも、着ていく服に困ります…」
「なんで困るの?」
「赤葦君を見に行くのに変な格好なんてできないので…」

 ぽっと頬っぺたが赤くなって、片手で俺から見える左頬を隠した意味は。俺を見に行くのに変な格好できないってどうして? 睫毛が揺れて、ちらりとこちらを見た瞬間、恥ずかしいからなのか膜の張った目元が見えた。…ああ、そんなの今日初めて知ったけど、だいぶ嘘がつけないタイプなのかもしれない。階段を降りてすぐの所でぴたりと足を止めた彼女に、同じように足を止めた。
 その言葉の意図が知りたい、聞きたい。

「…苗字さん、いつから?」
「い、いつからとは…」
「俺はちょっと前から好きだなって思ってたけど」
「……え」
「違った?」

 ぱっと上がった顔がりんごみたいに真っ赤だった。違わない。これは絶対そう。思わず手を伸ばして首元に触れると、きゅっと唇を引っ込めて、ぎゅうと目を瞑った。ああ、熱い。そんな風に熱くさせているのは、…俺なのか。

「…皆みたいにちょっと遠巻きに眺めてるみたいな、…そういうのが全くなかったから最初はそれがちょっと嬉しかったんです…けど、」
「うん」
「赤葦君、毎日飽きもせずに声掛けてくれるから。……特別になっちゃいました…」

 誰もいない廊下の一番端っこで、俺だけにしか聞こえない声が溶けていく。見上げてくる目元はやっぱり膜を張っていて、とてもじゃないけど我慢できそうにない。試合が終わるまではって思っていたけど、こんなに可愛い顔を見せられて「待て」ができるほど出来た男じゃないから。…まだ。

「…赤葦君?」
「その顔、皆には見せないで」
「へ、変な顔してますか、すみませ、」
「恥ずかしい顔とかちょっと笑ってる顔とか、全部俺のものにしたいから」

 ぱちぱちと瞬きを繰り返す瞼に軽く口付けると、びしりと彼女の身体が固まった。な、なにするんですかと慌てふためくようにきょろきょろと周りを見渡す姿がおかしくて笑っていると、今度はむうっとした彼女の唇が近付いた。ぷるぷるで、柔らかくて、…独特のミントの味がする。気付いた時には真っ赤な顔のまま「どーだ!」ってドヤ顔にも似た表情をしているものだから、ちょっとだけ唖然としてしまう。
 初めて喋った時は鉄仮面だったくせに。このタイミングでそんな笑顔とか、…反則だろ。


魔女の解毒