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 好きな人と付き合い始めたら、触れたりだとかちゅーしたりだとかはもちろん当たり前のことだ。そんなことは知っている。知っているけど、今でもさえも幸せなこの現状で触れたりなんかしてしまったら、わたしは幸せ過ぎて死ぬかもしれない。その前に恥ずかし過ぎて死ぬかもしれない。
 そんなことなんて全く考えていなさそうな翔陽君は、最近突然手を繋いでくるようになった。わたしを呼び止める時とか、本当に些細なことで、だけど。彼こそはウブだと思っていたのに、彼女である私と手を繋ぐことにさして戸惑いはないらしい。いやあっても困るけど。いいんだけど。

「翔陽君牛乳飲み過ぎだよ、それ何本目?」
「三本目!」
「あんまり飲むと牛になっちゃうよ」
「でっかくなるってことだろ?」
「縦じゃないかもしれないけど」

 珍しく部活が休みで、休みにしっかりと休むことも大事だと体育館で待ち伏せしていた主将の先輩に追い出されたらしい。さすが、翔陽君の性格を分かっているなあと苦笑いしたのは、つい先程の話だ。しょんぼりとしながら教室に帰ってきた時は驚いたけど、帰ってくるかもしれないと待っていた甲斐があったってものである。バレーボールに熱を入れる翔陽君のことが大好きなことに間違いはないけど、そりゃ一緒に帰りたいし、一緒に何処かに行ってみたい。付き合って3ヶ月、デートにこぎつけたことは一度もないんだから、少しくらい我儘を思うくらいはいいはずだ。

「あーー部活休みってなにしていいかわかんねえー!」
「まあそうだろうねー。翔陽君はバレー以外にしたいこと、なんかないの?」
「バレーがしたい!!」
「だからそれ以外だよー、もう」
「バレー以外な…そうだな…」

 じゅーーっとパックの牛乳の中身がなくなっていく。彼は、身長が低いのがちょっとしたコンプレックスだ。確かに、男子バレー部である翔陽君の周りは身長が高い人だらけ。不利な状況であるのは間違いない。けれど、そんな人達と対等に渡り合える高いジャンプ力があるのだから、正直そんなに気にしなくてもいいのでは? と思ってしまう。翔陽君曰く「身長がもっとあればもっと高く跳べるじゃん!」とのことらしいが。

「そういえばなまえとどっか行ったりとかしたことない気がする!」
「え? ああ、うん、まあそうだね」
「今からどっか……つってもなあ、おれこの辺で遊ぶところなんて坂ノ下商店くらいしか…」
「遊ぶところとは」

 そこって男子バレー部専門? のコーチが働いてるところじゃなかったっけ。というか、小さなお店だ。遊ぶところって、もっと大きな施設とかじゃなかったっけ…? いや、そんな小さいことは気にしなくていいか。「あー、なくなった」とぽろりと口からぼやきを零した翔陽君は、そのまま椅子に背中を押し付けて腕を高く伸ばす。で、坂ノ下商店行くのかな。牛乳買うつもりなら流石に今日はやめさせないと。飲み過ぎは良くないし、お腹下しちゃうかも。

「なまえはどっか行きたいとこあんの?」
「え? あー…特に、翔陽君いるならどこでもいいかなあ」
「へ……あ、そうなの…?」
「え。そ、そうでしょ、」
「突然そんなん言うのやめて……スッゲー恥ずかしい…照れる…」

 照れる? その言葉に顔を上げてみると、ぽふんと真っ赤に染まった頬っぺたを晒して難しい顔を浮かべていた。うわ、うわあ…翔陽君がそんなに頬っぺた真っ赤にしてるの初めて見た気がする…。さらっと手は繋いでくる癖に、そういうことを言われるのは弱いのか。そうか…。

「さ…坂ノ下、行く…?」
「行く、けど」
「けど?」
「やっぱあれだな、…部活休みっていうのも、たまーーーーにはいいよな」
「何急に…」
「おれもなまえと一緒にいるの、バレーするのと同じくらい嬉しいから」

 机の上で、肘をついていた手を取って、にこにこと真っ赤になった頬っぺたをそのままに笑った翔陽君は、じっとわたしの目を見つめている。どきっとして、思わずぐうと唇を閉じていると、そのまま無言の時間が過ぎていった。な、なんだろう、なんか言いたいのかな、別に言えばいいのに。何度か翔陽君の口がもごもごと動いていて、首を傾げてしまう。

「なまえ、」

 あ、これなんだっけ。…あれだ。多分、ちゅーの前触れみたいなやつ。なんとなくそう思った。だけど、ちょっとだけ顔が近付いてきたと思ったらまたその分だけ離れてを繰り返して、なんだかもやもやしてしまう。どうしたらいいのわたしは。っていうか本当にちゅーするの? それともしないの? なんで顔を近付けてくるの? するなら潔く、こう、ちゅっとしてよ、ちゅっと!

 頭の中は全部全部翔陽君のことで埋め尽くされていて、もういい加減にするならして!! と爆発しそうな瞬間に、思い切りふにゅんと柔らかい何かがわたしの唇に当たった。押し付けられたせいで、鼻もぐにっと当たってしまってちょっとだけ痛い。毎日牛乳を何本も飲んでるせいか、自分の鼻の周りに牛乳の乳臭いような匂いが漂っている。…別に、嫌いじゃないけど。彼に自分の顔を見られたくなくて、思わず机に顔面を貼り付けた。

「ご!!? ごめん!! 鼻痛かった!?」
「も…翔陽君のバカ…」
「ごめん! ほんとごめん!!」

 ちゅーする前に散々HP削られすぎて心臓が痛い。頭の中パンクしそうだ。しかも、計算してやってるんじゃないから、それがまたタチ悪い。

「こ、今度はちゃんと勉強してくる…!」

勉強ってなによ。わたわたしている様子が見なくても分かる翔陽君のテンパり様に、わたしも笑う余裕がない。坂ノ下商店でアイスでも買って冷やさないと、本当に死んでしまいそうだ。


脳内戦争クライマックス