×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

 なまえが俺の側からいなくなって半年が過ぎた。

 人気絶頂の中でのバンド解散、それは世間に大きな衝撃を与えた。中でもなまえは解散以降行方を眩ませた、という報道になっていて、幸か不幸かこの世からいなくなっているということには全く触れられていない。全てはなまえの意思の尊重らしい。ネット世界のこのご時世によくまあまかり通っているとは思う。けれど、これがなまえを大切に思っていた人達が水面下で動いていた結果だと思ったら安心した。現在宮侑と宮治は別のバンドを組む訳でもなく、スタジオミュージシャンとして業界を賑わせているそうだ。

 俺がバレーに復帰できたのはあの日から二週間後。いや、多分一人では復帰できなかったかもしれない。部屋の中で屍みたいになっていた俺を迎えにきたのは日向だ。けたたましい玄関の音、ドア越しの大声。最初こそ怒鳴っていたけれど、涙で腫れ上がった目を見られてから状況は一変した。後にも先にもなまえの死を伝えることができたのはきっと日向だけだろう。

「影山君」

 世界をまたにかける試合があと数日で行われる。今は練習が終わって帰宅していたところだった。そしてそれを確認していたかのようにゆっくりとしたペースで車が横に付けられる。誰だ、と思うことはない。もう見覚えのある黒いセダンだ。毎日ではないが、半年のうちにもう両手の指では数えられないくらい程俺の住んでいる街まで会いに来る。

「永田さん、仕事終わりですか」
「まーね。影山くんもう練習終わったんだろ、飯食べに来ないか?」
「いや、今日は調整したいんで遠慮しておきます」
「だったら家まで送ってくよ。乗って」
「でも」
「俺が話したいだけだから。いつもそうじゃん?」

 けらっと笑って「早く乗った乗った」と助手席を指差されるとどうにも断れなくて、じゃあ…と渋々ながら失礼することにした。こうなるのは予測の上だろうと思う。不思議なことに、永田さんと話をするのは嫌ではなかった。むしろ少し安心する方が強い。それは多分、なまえのことを知っているから。

「聞いた? CD」
「…まだ、です」
「まだ無理かー。そうだよな、…半年だもんな」
「永田さんはもう大丈夫なんですか」
「ん?」
「いなくなって、から」
「んー。大丈夫、…ではないよな、やっぱ、一人の人間として好きだったし、憧れたし。でもなまえちゃん最後まで頑張ってたの見てたから。…ちょっとずつお疲れ様って思えるようにはなってきてると思う」
「…そうですか」
「影山君は全然なんだな」

 当たり前だ。そう簡単にあったものをなかったことになんかできない。最近やっとできるようになったのは、バレーをしている間だけ考えないようにすること。切り替えがこんなに大変だなんて思っていなかったけど、それが良いのか悪いのかと言われたらちょっとよく分からない。
 永田さんが話してくれるのはなまえのことだけじゃなくて、俺に言ったって理解もできないだろう音楽の話しも多かった。でもその話しはなまえのことにも直結している。作る曲、歌詞、想い。全てを重ねて伝えるのが上手だからこそ、宮侑、宮治も惹かれたのだろうと笑っていた。

「渡したCDに一曲だけ未発表の曲が入ってるんだけど」
「未発表?」
「空に声を飛ばす、≠チてタイトルついてるやつ。…俺は二人がどうなって付き合い始めたのかとかそういうの全然知らないけど、影山君に言いたいことが歌詞に全部詰まってると思ったよ」
「…?」
「影山君宛だからさ。聞いてあげないと多分ずっと悲しいんじゃない?」

 永田さんの言葉で、棚の奥の一番端っこに追いやられたCDのことを思い出す。だけど、一番端っこにいたって特別な存在感があって、何度も視界の中に入ってきた。聞いたらダメな気がしていた。いや、今でもそう思ってしまう。

「…空に、声を飛ばす、」

 泣いてんのかな、なまえも。俺に会えなくて悲しんでんのかな。目を背けてばっかりで声もかけてくれないから。
 
「着いたよ」
「永田さん」
「ん?」
「ありがとうございます!」
「…いーえ」

 少しだけ勇気が出た。なまえの最期の声を聞く為の心の準備。車から転がるように飛び出して一目散に階段を駆け登る。後ろから呆れたような永田さんの溜息と、満足そうななまえの笑い声が少しだけ聞こえた気がした。

2021.04.04 完