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 雨の落ちる音がする。さっきまで振っていなかったはずなのに、時間が経つにつれてどんどん激しくなっていく。体に大粒の滴が当たる感覚が少し痛い。

「……遅いですよ」

 病院の中に走り込んだ時、いやに寒く感じた。それは多分、自分の身体が雨でひどく濡れていたからだろうとは思う。着ていた服の色が変わるほどびしょ濡れだったから。
 交通機関では間に合わないかもしれないと思って、一度練習会場まで戻り自転車を拝借した。多分日向のやつだ。多分だけど。でも万が一違っていたとしても鍵が付けっぱなしだったし、ちゃんと元の場所に戻すから大丈夫だろう。悪いけど借りていきます。そうやって少し頭を下げた。
 そこから約四十分くらいかかって到着し、いつもなまえがいる部屋を目指したけれど、そこには誰もいなくて、ベッドの上にあった布団が全部なくなっていた。永田さんから連絡があったから他にもメンバーが来てるだろうと思っていたのに誰もいない。もう一度電話をかけようと思ったが、その後ろから、永田さんが歩いてきているのが確認できた。

「なまえは!?」
「影山君、これを。なまえちゃんから」
「ああ、場所移動したんですか…吃驚した」
「そうじゃないです」
「は」
「…十五分くらい前に息を引き取りました。今は安置室に」
「………ぇ は、……なに、」
「亡くなったんです、なまえちゃん」

 言われた意味が、よく。

 爪の先から冷えた温度がじわじわと侵食してくる。今の言葉をもう一度、と言うことができなくて、冗談かと勝手に錯覚してほんの少しだけ笑ってしまった。
 いやいや、ちょっと待て。だって連絡が来たのはついさっきで、俺は絶対人生で一番急いでここまで来たし、ここに来るまでの間ずっとなまえのことを考えていたし、バレーボールのことなんか忘れたことなかったのに、今の今まで忘れてたし、つーかそれどころじゃなかった、し。だから。

「…影山君」
「嘘付くの、良くないっス」
「違うんだよ、嘘なんかじゃ」
「だって俺は、まだ、全然、」
「影山君、落ち着いて」
「おれ、は!!」

 信じない。信じられる訳がなかった。最後に会ったのは昨日、だけどもう数日目を開けていなかったなまえと会話は出来ずじまい。心臓が軋んで、急降下するみたいな音がした。冷えていく。ドライフラワーみたいに急激に冷やされて、少し力を入れたらバラバラに砕け散るような感覚。
 呆然としたまま動けないでいると、そっと永田さんが俺の右腕を掴んだ。なまえとは違う温度で、固さで、そうやってただ掴んでくれただけの力がなまえの存在を消してしまうような気がして思い切り振り払ってしまう。まだ生きてる。生きてるから。だってちゃんと会ってねえもんな、なまえは俺に一言も残さずにどっか行く奴なんかじゃねえって分かってるから。

「……、」

 振り払った瞬間に無理矢理持たされたCDケースが床へと落ちていく。カシャンと音を立てて止まったジャケットに描かれたのはいつかの風景と同じだった。初めて会った時の俺となまえの黒い影。オレンジと緑とグレーが混ざったような色の空。覚えている。あの日が俺にとってとても特別な日だったからだ。そこに柔らかくのった白文字にはバンド名である「閃光」と「to tobio」が手書きで書かれていた。…だけどおかしい。俺がメディアで見たCDジャケットとは違う。

「これ…」
「それは影山くんの為だけのCDだよ」
「俺の?」
「なまえちゃんからのメッセージだから。…ちゃんと受け取って。傷付けないであげて」
「なまえから…?」

 拾い上げてくれたCDケースを改めて差し出されて、受け取ろうとした指が待ったをかける。これを受け取ってしまったらこれが夢なんかじゃないってことを思い知らされてしまう気がして、認めてしまう気がして。

 ふと永田さんの顔を盗み見た。ちゃんと見てなかったその顔には涙の痕がたくさん残っていて、鼻も目の周りも赤くなっている。全部よれよれで、疲弊しきっている、みたいな。こめかみに寄らないようにと必死で我慢しようと震える皺でさえもすぐに分かってしまって、ぐ、と下唇を噛んだ。

「…ぅ、あ……! ぁあ…!!」

 側に居たかった、ちゃんと最期の時まで隣に。
 死は無情で、突然で、待ったをかけても待ってはくれない。もっとこうしてやればよかった、ああしてやればよかったと後悔の念は尽きない。目の前が揺れた瞬間に溢れた涙と一緒に床へ崩れ落ちて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。酷い悪夢を見ているみたいだった。寝ても覚めても絶対にきっと忘れられない。いや、忘れることなんてできやしないんだ。

2021.03.20