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 こそこそきょろきょろするのが最近少しだけ板についた。帽子を深めに被って、影山君が来るのを待つ。ファーストフード店やコンビニだと気付かれることが度々あるからと、影山君が教えてくれたのは自分が住んでいるマンションだった。…語弊があると思うが、別に彼の家の中に入っている訳ではない。そこから少しだけ歩いて、小さな個人店の喫茶店に行くのが私達の日課のようなものだ。

「すんません苗字さん、待ちましたか」
「あ、大丈夫です。さっき来たとこなので」
「…今日の帽子見たことないっすね。買ったんですか?」
「あれ、よく分かりましたね。この間ネットで見つけて一目惚れして」
「似合ってます」
「う、…ふあ、ありがとう、ございます…」

 影山君と知り合ってもう半年が経った。そのおかげで彼の性格をよく知ることができているし、暇があれば連絡して会うまでに至っている。根はすっごく真面目。バレーボールに熱血で、そしてバレーボールが大好きな人。私が恥ずかしいと思えることだってずばっと言えてしまうから、少し天然なんだと思っている。

「うぶ」
「そんな深く被られたら顔が見えないっす」

大きな掌が帽子を撫でて、ぐいとつばを上げられる。…あの、顔めっちゃ緩んでるんですけど。つい先程まではきりりとしていた癖に。

「今日も喫茶店でいいんですか?」
「私は全然いいですよ、え…あ、でもお腹空いてますよね…」
「そうっすね。まあ帰りにコンビニ寄るんで」
「な、なんかそれじゃあ悪いですよ…」

 自分で言うのもなんだが、最近CDの売れ行きが良い。手売りでもちゃんと売れているし、近隣のCDショップでも置いてもらってるせいかそちらでの売れ行きも良いと聞く。もちろんポスターも、ネットも、評判が良い。ということはもちろん、私の顔も知れ渡っている傾向にある訳で。小さな喫茶店だったら今時の若い子は殆ど来ない。だけどやっぱり、影山君がそこでお腹を充分に満たせるはずはないのだ。

「でもバレるなって言われてるんですよね。俺はいいですよ、苗字さんと会えるならどこでも」
「いやまあ、…そうなんですけど…」

 慣れたように吐く殺し文句が意図していないのだから困る。好きだと言ってくれたのは影山君からだけど、そんな影山君に惹かれている私もまた確か。少しずつ彼の本気を垣間見ていたこの半年間、惹かれるなって方が無理な話だ。いやでもまだ好きって決まった訳じゃないから。良い人だなって思ってるくらいだから!

「取り敢えず行きませんか。なんか腹に入れたいっす」
「それもそうですね…」

 ぐぎゅる、と鳴ったお腹の音で、影山君の思考は一旦食という一色に染まったらしい。今日は温玉ポークカレーかなあ。前好きだって言ってたんだよねえ。そう考えていたら、早く行かないんですかと一歩前を歩く彼が振り向いた。

「次はなるだけ行きたい所に行きましょう」
「行きたい所…急に言われても出てきませんね」
「じゃあ俺の行きたい所に付き合ってください」

 いつの間にか仏頂面になっていた彼の顔がまたゆっくりと緩んでいく。行きましょうと一瞬だけ伸ばされた手は、はっとして元に戻っていった。少しでも繋ぎたかったと思ってしまったのはその姿があまりにも可愛かったからだ。





「凄いですね! 勝ち越しじゃないですか!」

 ぱちぱちぱち。殆ど誰もいない喫茶店で、私の拍手だけが響いている。奥で店主さんが優しい顔をしてこちらを眺めている様子が分かって、つい拍手の音を小さくしてしまった。お恥ずかしい。

 影山君の所属するバレーボールのチームは彼曰くとても調子が良いらしい。練習試合もずっと勝ち越しているのだそう。そこには高校時代からの相棒らしいという男の人の存在もあるのだとか。相棒って呼べるような人がいるのはとても恵まれていると思う。そう言えば、でもあいつは昔本当にヘタクソで、サーブも俺の後頭部にぶつけたことがあって、…まあその他色々と殆ど文句しか出たことがない。でもそうやって文句を言えるのも仲が良い証拠なんじゃないだろうか。

「影山君のバレーしてる所、見てみたいですね」
「見に来ますか、チケットとかは特にないんで」
「行けたら、…行きたいなあ…」
「本当は来てほしいです。あ、いや、でもこれは俺の我儘なんで、苗字さんの事情だってちゃんと分かってるんで…」

 しょんとしょげた頭に、つやつやした黒髪の天使の輪が見える。こういうとこ、大体なに考えてるか分かるからどうしようもなく胸がきゅんと締め付けられる。我儘は言わない、でも、本当はこうしてほしいなっていうのが目に見えてしまう。それが影山君の可愛い所。

「…やっぱ1つ我儘言っていいすか」
「わっ私にできることでしたら!」
「名前。……で、呼んでくれませんか。俺も名前で呼びたいんで…」

 あれ、…思っていたのと違った。私はてっきり試合を観に来てほしいとか、そんなことだろうとばかり。うずうずした瞳とばっちり合って、恥ずかしくなってしまう。

「な、お名前、えっと…」
「ダメ、すか」
「いやそういうわけじゃ…」
「あとそれもやめません、…その敬語」

 半年経って、前よりも影山君が積極的になった。だけど、その積極性はかなり頑張ったものらしい。遠くで私達を見守っていたらしい店主さんが無言になってしまった私達を見兼ねて、奢りだとホットココアをご馳走してくれた。…ご丁寧にハートを描いた、ホイップクリーム付きだった。

2018.06.23