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 一息吐いて、解き終えた数式の上にシャーペンを転がした。小指の側面から手首にかけての部分が、問題集に擦れていたせいで少し黒くなっている。よくもまあ、こんなになるまで頑張って勉強していたものだ。我ながら感心する。どんなモンだーい。あ、キタコレ。

 ノルマも達成した事だし、休憩しよう。携帯を開いて時間を確認した後、アドレス帳から彼女の名前を選んで電話をかけた。オレの勘が正しければ、そろそろ音を上げている頃なんだ。


『もしもし…伊月くん』
「こんばんは苗字。テスト勉強捗ってる?」
『ううん…』

 やっぱり。電話先の苗字はとうに集中力を切らしていたらしい。随分お疲れの様子で、軽く唸った。

『この範囲、私と相性最悪なんだもん…』

 不貞腐れた声で勉強の事を嘆いている苗字だが、頭の出来はオレよりずっと良い。ただ、今回は苦手分野が連なっていて手こずっているようだ。

『伊月くんは余裕そうだね…』
「数学の範囲は一通り終わったよ」
『そっか…前に得意科目だって言ってたよね』

 苗字の声がどんどん暗くなってテンションが沈んでいくのが解った。こんな風に落ち込んでほしかった訳じゃないんだけど。
 何とかして苗字を元気付けてやりたいオレは、携帯を持っていない方──利き手を見つめた。さっきまでシャーペンを握っていた手の汚れが目に留まる。

「……苗字ってさ、今利き手どうなってる?」
『はい?』

 シャーペン持ってる方、と軽く説明を加えて確認させる。しばらく話が止まった後、苗字の返答がきた。

『…黒くなってる』

 呟いた苗字に小さく笑いをもらすと、それがどうしたのかと訊ねられた。
 オレと同じだ。同じくらい苗字はちゃんと勉強を頑張ってる。

「それだけやってるなら大丈夫だって」
『え、どういう事?』
「苗字は頑張ってるよ、ホントに」

 優しい声色で労うと、苗字は「意味は解らないけど、とりあえずありがとうね」と苦笑した。


「苗字、明日の放課後は暇?」
『暇じゃないよ…勉強しないといけないんだから』
「オレ、明日からなんだ。試験前の部活休み」
『……へ?』

 解らない問題とかさっきの言葉の意味とか教えるから教室で待っててよ、言い残して電話を切った。
 一緒に勉強したいって素直に言えば良かったかな。ちょっと後悔していたら、「よろしくお願いします」と短い了承のメールが届いた。

 よし。苗字が頑張ってるんだし、オレもまだまだ頑張ろう。



22:00 労い






(2013/08/04)

第6作目。勉強の頑張りを労う伊月君。
リクエストありがとうございました!







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