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 ポーズを決めて、レンズの向こうに笑顔を飛ばす。シャッター音が鳴ったら、今度は頭の上の帽子に右手を添えてポーズを変える。スタッフさん達は「今日も良いね」と言ってくれてるけど、今日のオレははっきり言って集中出来ていない。
 急に仕事が入ったせいでドタキャンになってしまった名前っちとのデートの約束。謝るオレに、気にしないでと哀しそうに笑った名前っちの顔が頭から離れない。優しい子だから、無理してたんだと思う。

 休憩時間になって椅子で一息吐いたら、名前っちが今何しているのか気になってきた。鞄を探ってスマートフォンを取り出し、画面を操作する。よし、電話してみよう。


「あっ…もしもし!」
『黄瀬くん!?』

 3コール目で電話に出た名前っちはとても驚いた様子だった。
 仕事の休憩中だという事を伝えたら、申し訳無さそうな声が聞こえた。オレが電話したくてかけたのに…どんだけ良い子なんスか!

『もう、黄瀬くん忙しいのに…』
「ねぇ、名前っちは今何してる?」
『急だね…』

 しばらく静かになった後に、宿題をやっていたと答えが返ってきた。
 返事の前に随分間があった。きっと、またオレに気を遣っているんじゃねぇかな。

「名前っち」
『うん?』
「宿題よりもオレの事考えてよ」

 ガチャンガチャンと盛大に物が落ちる音がした。それでも電話越しの声で平然を繕う名前っち。ここで笑っちゃうオレって、実はちょっと意地悪かも知れないっスね。

『わ、笑ったな…!』
「名前っちが可愛いのが悪いんスよー」
『可愛くないから!! お仕事中なんでしょ? そろそろ切らないと』
「名前っちの事で頭がいっぱいで集中出来ない」

 本音を言ったのに、名前っちは電話の向こうで「またそうやって誑かす…」と小さく言って、クスクス笑い出した。

「名前っちだって笑ってるじゃん! オレは本気っスよ!!」
『黄瀬くんは誰にでもそんな風に言うからなぁ…』

 心の底から思って言ってるのにどうして伝わらないんだろ…。本当は今頃デートだったのに…。ひょっとして寂しいのオレだけ?自惚れてたって事?もしそうだったらショック過ぎる。立ち直れない。
 拗ねたようにオレがブツブツ文句を垂れていると、名前っちが「本当はね、」と話を切り出した。

『宿題全然集中出来てないよ。やっぱり黄瀬くんの事ばかり考えちゃって』
「名前っち…!」
『でも、黄瀬くんが頑張ってるなら私も頑張ろうって思って。だから今、苦手な科目やってるんだ。黄瀬くんも、頑張ろう?』

 微笑む彼女の顔が脳内に浮かんで、オレの胸の鼓動が速まっていく。
 元気に返事をして、一言二言交わして電話を切った。名前っちに応援されたら、頑張らない訳にはいかないっスよ!


 気持ちを切り換えて戻ってきたオレに、男性のスタッフさんが声をかけてきた。

「予定してた時間より順調だから、あと10分くらいでおしまいにするね」

 この撮影が終わったら、名前っちにもう一回電話をかけよう。
そして改めて誘ってみよう、「今からでもデートしない?」って!



16:30 仕事中






(2013/07/11)

第4作目。撮影の休憩時間に電話する黄瀬君。







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