003 「はよー笠松。早いなー」 「ああ。はよ、森山」 父・森山由孝の代からずっと強豪であり続ける海常高校バスケットボール部。息子のオレと、この短髪少年・笠松は、そこの1年生の中で唯一レギュラー入りを果たした仲間同士だ。 入部して間もない頃からの主将候補である笠松は、毎朝一番乗りで部活に来る。今日も、オレが来た時にはとっくに着替えを始めていた。 オレは毎朝二番乗り。これはいつも母さんが起こしてくれるおかげだ。 笠松の親父さんも、ここのバスケ部のOBらしい。オレは父さんから昔の月バスを見せてもらった事があるから知っている。父さんの代の主将で、全国でも有名な好ポイントガードだったのだそうだ。そんな凄い人の息子とまさかの同級生だったのには驚いた。こんな出会いが存在するなら、きっとオレが運命の女性に出会える日も近いはずだ、期待大。 「笠松、」 「あー?」 「先輩達来るまで1on1しようぜ。で、オレが勝ったら女の子紹介ヨロシク。合コンでも可」 「拷問する気かテメェは。つーか、合コンって何だ」 「知らないのか」 「知らなくて良い…」 笠松は赤面して俯いた。こいつは何でか異性関連の話が苦手なのだ。なのに、モテる。入学してから口説いた女の子のうち、6割以上は笠松ファンだった。初々しい態度が年齢問わず人気らしい。解せぬ。 笠松は、レッグスリーブを身につけてバッシュの紐を結ぶと、落ちていたボールを手に取って振り返った。 「早く着替えてこいよ」 「あ、やる気なんだな」 「負けなきゃ良いんだろ」 鼻で笑った笠松に、オレも笑う。この余裕は今までの実績から。オレは笠松に1on1で勝った事が無い。 毎度オレが一方的に賭け事をするけれど、叶わずじまいになってしまっている。 「今日こそは負かせる。そして女の子をゲットする!」 「やれるもんならなー。あ、ちゃんとストレッチしてからな、怪我すっから」 さすが主将候補。気遣いありがとうな。 練習着に袖を通すと、柔軟剤の良い香りがした。母さんがいつも洗ってくれる練習着。頬が緩む。 オレは別にマザコンでは無いが、母さんが大好きだ。いつか母さんみたいな優しい女の子に出会えたら、と思っている常日頃。 * 「うぅー…」 「勝負は勝負だからな……ふう」 「内心めちゃくちゃホッとしてんだろ!! 本気出しやがって!!」 「本気出さねぇとお前には勝てねーよ」 体育館のゴール下に、笠松と座り込む。10点先取の1on1は、笠松の勝利で幕を閉じた。先にオレが追い込んだところで気が抜けて、逆転を許してしまったのだ。 この前、父さんとやったバスケの勝負を思い出す。やっぱり油断するのは良くない。 「そろそろ先輩来んだろ、得点ボード準備しようぜ」 「笠松ー」 「…今度は何だ」 「お前、隣クラスのマドンナのあの娘…どう思う?」 にやっと笑って訊いてみると、「し、シバくぞ!!」と舌の回っていない暴言がボールと一緒に飛んできた。危うくぶつかるところだったのを至近距離キャッチ。おい、怪我をするなって心配してくれたお前はどこへいったんだよ。 笠松が舌を打った後に、先輩の話し声が遠くから聞こえてきた。 「で、どうなんだ?」 「知るかっ!! ……ったく…、先輩のところに挨拶行くぞ森山!!」 「しょうがないな……了解っ」 バスケにしか興味の無い笠松の横顔は、すぐに朝練モードに切り替わった。同級生ながら尊敬する。 父さんとこいつの親父さんもこんなやり取りをしていたのかな、と今まで何度も思った事を改めて考えてみた。 「先輩、おはようございまーす!」 父さん、母さん。オレは今日も頑張るよ。 [mokuji] |